月が微笑むから 3 【山】 (ページ37)

今日:6 hit、昨日:0 hit、合計:376,129 hit

134 ページ37

「でもアイツの父親はそれを許さなかったらしい。
商業広告のデザイナーなんて巨匠からすれば野蛮な仕事にしか思えなかったようで。
でもその反対を押し切って卒業後はロンドンに戻らず、日本で就職した訳です」

「じゃあ、それからロンドンには帰ってないんですか？」

「そうですよ・・・。
アイツ、それで勘当されましたから」

「え・・・そうなんですか？」

勘当されたって・・・。
それで智くんは家族はいないって言ってたの？

「櫻井さん、何飲みます？」

いつの間にか空いていたグラスに気付いた松本さんが二杯目を促す。
次もビールを頼んで話を続けた。

「厳しい人だったみたいですね、智の父親は。
ずっと強制的に絵についての英才教育を受けていて、物心ついた時から絵筆を握らされてたって言ってたから。
アイツ、結構世間知らずなところがあるでしょう？
絵ばっかり描いてて子どもらしい幼少期を過ごしたことがなかったそうです」

「全然知らなかったです、そんなこと・・・。
でも確かに遊園地やゲームセンターなんて行ったことがないって言ってましたね」

前に相葉くんが、智くんはアダルトチルドレンかもしれないと言っていたのを思い出した。
あれはあながち間違いではなかったんだな・・・。

「だから智には付加価値が付いたんですよ。
巨匠の息子っていう・・・。
もともと才能があったのに、その価値が付いただけで仕事がバンバン舞い込んできて・・・だから社内外にやっかむ人間はたくさんいたんです。
広告賞を受賞しても出来レースなんじゃないかって、くだらないことを言うヤツも多くて」

「智くん・・・辛かったでしょうね」

「でもアイツはいつもケロッとしてましたよ」

「そうなんですか？」

「こういうのには慣れてるって笑いながら言ってました」

一瞬、松本さんの表情が固くなったような気がした。
きっとそばで智くんのことを見ていた松本さんにとって当然いい思い出ではないはずだ。