月が微笑むから 3 【山】 (ページ23)

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今日は仕事帰りに立ち寄った青果店で“フジ”という品種のリンゴを十個買った。

智くんのお見舞いに持っていこうと思ったからだ。

夕べネットで調べたにわか仕込みの情報によると、この品種は蜜がギッシリ詰まっていてシャキシャキした歯ごたえが特徴らしい。
しかも貯蔵性も高いのだという。

これだったら美味しいリンゴを思う存分食べられるし、栄養補給も出来る。
下手に見舞いの花なんて持っていくより、はるかに効率がいいと思った。

もちろん智くんが食べてくれたらの話だけど。

それにもし余っても松本さんでも食べられるだろうから・・・。

だからリンゴを十個。

紙袋に詰めてもらったリンゴを抱えて智くんの病室を訪れた。

もしかしたら今の時間なら夕食を食べているかもしれない。
病院食って味気ないから、智くんにリンゴ剥いてあげようかな・・・。

そんなことを考えながら引き戸を開けた。

「あれ・・・」

でもそこに智くんはおらず、看護師がベッドのシーツを新しいものに取り換えていた。

「すみません、ここに入院してた大野さんは・・・」

俺の問いに看護師が振り返る。

「ああ、大野さんなら今朝、退院されましたよ」

え・・・そうだったの？
俺、何も聞いてない。

「退院される時、誰か付き添ってませんでしたか？」

「スーツを着たスラッとした男性が一緒でしたね」

きっと松本さんのことだ。

そうか。
智くん、退院したのか・・・。

元はといえば俺が約束をすっぽかしたせいで智くんは入院する羽目になったんだ。
だから智くんに恨まれても仕方ないし、松本さんが怒るのも無理もない。

二人には退院したことをわざわざ俺に連絡する義理なんてないんだ。