月が微笑むから 3 【山】 (ページ15)

今日:8 hit、昨日:5 hit、合計:376,177 hit

112 ページ15

「これだけは忠告しておきますけど、智に惚れても無駄ですよ」

「え？」

「アイツは櫻井さんに靡くことはないです」

「それはどういう意味ですか？」

「智が会社を辞めた理由はね・・・独立するためですよ。
もっと人間らしい生活をしようって思ったみたいで」

独立・・・？

「才能があるもんだから、会社ではいろんな仕事を振られてて。
まあ・・・理由はそれだけじゃないですけど。
だからほとんど毎日寝ることも食べることもせずに仕事に忙殺されてたんですよ、アイツは」

「それと智くんが靡かないことがどう関係してるって言うんですか！？
それに独立するために退社したのに、どうして今は何の仕事もしてないんですかっ？」

松本さんは残っていたコーヒーを飲み干すと、おもむろに首を横に振った。

「もうこれ以上は勘弁して下さい。
でも本人から無理やり聞こうなんて思わないで下さいね。
自由奔放のように見えて意外と繊細なヤツなんで・・・」

松本さんはそれっきり何も教えてはくれなかった。

松本さんが帰った後も、俺はその場から動くことが出来ずボーッと窓の外を眺めていた。

いつの間にか外は横殴りの雨が降っていて、今日は傘を持って来ていなかったことを後悔した。

「あっ！！」

そこでようやく思い出した。
智くんが職場まで毎日迎えに行くと言ってくれていたことを。

時計を見るともうすでに八時を過ぎていた。
彼は携帯を持っていない。

もしかしたらもう帰ってしまったかもしれない。
でももしまだ待っていたら・・・？

急いで店を出て自宅に電話した。
何度コールを鳴らしても智くんは電話に出ない。

「何やってんだよ、俺は」

ロータリーで客待ちをしているタクシーに飛び乗り職場へ向かった。

雨はどんどん激しさを増していった。

車の窓を叩くように降るその雨を恨めしく思う。
そしてハイスピードで左右に動くワイパーが焦りを煽った。