引退します ページ6
「ドッキリ、ですか？私が？中村さんに？」
「はい！」
番組スタッフさんが強く頷く。ちらりとスタッフさんの周りを見ればカメラマンさんや照明さんやマイクさんもいる。
「ドッキリの内容はこちらになります」
渡されたプリントに目を通し、内容に思わず笑ってしまった。
「え、本当ですか」
「本当です！お願いします！」
「中村さん騙されてくれるかなぁ…」
せっかく頂いたお仕事なので、全力をもって取り組ませていただくが、果たして中村さんは騙されてくれるのだろうか…。
＊
ドッキリ実行当日。私は中村さんを楽屋に「相談したいことがある」という名目で呼び出した。楽屋には隠しカメラが仕掛けてある。
彼は特に疑うこともせず、難なく呼び出せた。さあ、ここからが本番だ。
「それで？相談って？」
楽屋のお菓子を摘みながら、いつも通りの口調で中村さんは私に問う。
決められた内容通り、私は台詞を言った。
「実は、芸能界を引退しようと思いまして…」
困った顔を作りながら、中村さんを見る。
どんな表情かと思ったら、彼は驚くほど無表情で私を見た。
「は？」
いつもより低い声に、思わずこちらがびっくりしてしまう。
もしかして、信じてる？
「なんで」
「自分の力量に限界を感じてきたんです」
「限界ねぇ…」
勿論これは番組が用意した全くの嘘だ。
私はまだまだ女優として沢山の仕事をしたいし、演技だってもっと技術を上げたい。
しかし、今の私は女優をやめたい「榊 A」だ。何が何でも演技を通さねば。
「あのね」
「はい」
「俺はAちゃんがやることを否定しないよ」
「はい」
「これは俳優としての俺の意見。でも、俺自身の意見としては、やっぱり寂しいかな」
無表情から一転。まゆを八の字に下げ、寂しげに笑う中村さん。自分が彼にそんな顔をさせていると思うと、胸が物凄い罪悪感で痛くなった。
嘘とはいえ心がめちゃくちゃ痛む…。
「これはAちゃんの人生だから、俺が引き止めることはできない。けど、戻ってくるときは、いつでも戻ってきてね。俺はずっと待ってるから」
「…はい」
「戻ってきたら、またAちゃんと共演したいな」
「ありがとう、ございます…」
やばい少し泣きそうになってきた。
優しい優しい視線を送る中村さんが見れたところで、撮影は終了したのか、ガチャリとドアの閉会音が聞こえた。
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作者名：れいとーこ | 作成日時：2019年7月27日 0時
