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その時
右手から指輪が抜け落ちた
痩せてゆるくなってしまったそれは
彼の足元に転がった
凄く痛そうな表情で拾い上げた彼は
「別れるんやったら要らんよな」と言って
窓を開け外に投げ捨てた
ベランダの向こうは貯水池になっている
探しに行く事は不可能だろう
勢いそのまま
テーブルの上に置いてあった2人の写真を
半分に破ると床に放り投げた
彼と私を繋ぐものが
一瞬で目の前から消えた
その瞬間
視界がモノクロになった
足が震える
照史がなにか怒鳴ってるけど
もう聞こえない
だって
彼は泣いている
あんなに素敵な顔して笑う彼に
こんな表情させたのは
間違いなく私
私にとって
はじまりだったこの写真
優しい彼の笑顔が好きで
ずっとずっと大切にしてきた
2人の間で真っ二つに引き裂かれた写真を
そっと拾い上げて胸に抱きしめる
私がこの写真を大切にしていた事は
彼も十分知っている
それを破いた彼は
ひどく辛そうな顔をしている
忘れてはいけない
どれだけ彼を傷つけたか
これを見るたびに思い出すだろう
帰ろう
私の場所に
あの思い出の部屋はもう手放したから
通い慣れた消毒臭い白い建物に帰ろう
そこも今日が最後
謝罪と感謝を伝えて帰ろうと
ゆっくり立ち上がったのに
視界が真っ黒になって
酷い耳鳴りがして
平衡感覚がおかしくなる
やめてよ
こんな時まで
どこまでも私の邪魔をする
この壊れた体が憎くて仕方ない
倒れないように
テーブルがあったはずの場所に手をついて
力の入らない体を支えた
耳鳴りの隙間から
彼の声が聞こえる
何を言ってるのかはわからないけれど
心配してる優しい声色
あなたの深い優しさを受け取る権利
私にはもう無いよ
「たくさん傷つけて…ごめんなさい」
伝えなきゃいけない事を
必死に声に出す
言えたかな
耳が聴こえないと
自分がキチンと話せているかもわからない
手探りでポケットを漁り
彼の部屋の鍵を
ぼんやりと見え始めた視界の隙間から見える
テーブルに置くと
心で最後のナニカが崩れた音がした
重く深い所で
グシャリと
鍵の上にポタリと涙が落ちた
私が泣く資格はないのに
お願い
壊れているのは分かってるから
今だけは動いて
彼を傷つけた報いは
これから幾らでも受けるから
これ以上醜態を晒したくないよ
袖でキレイに拭ってから
体に力を入れ立ち上がる
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作者名:向日葵 | 作成日時:2022年6月8日 10時