七十二 ページ35
嗚呼、もう死ぬなと思った。
鬼の拳が、己の腹を鳩尾を貫いていたのだ。
夜明けが訪れ、腹の穴を塞いでいた鬼の残留が灰と化す。
死なないでくれと周囲が泣いている。
____死が近づいている。
自ずと不安はなかった。
強き者の責務。
弱き者は守らねばならない。
…弱き者を守りきるまで、俺は安泰にはなれないのだから。
禍根があって鬼を葬っていた訳では無い。
己の終着点が、分からなかったのだ。
強く生まれた者の責務を、俺は果たせたのだろうか。
命を賭して、彼らを守れたのか。
竈門少年へ余計な禍根を植え付けたのでは無いだろうか。
切望の果てに、死に様がこれは笑えないな。
限界まで諦めるなと何度も後輩に言った癖に、己はもう生きる事を諦めているのだ。
____杏寿郎!!!!
段々と遠くなる耳が音を捉える。
A。
君の声は、酷く甘い。
____杏寿郎!!死ぬな!!!
そんな事を言わないでくれ。
やっと諦め切れたんだ。
俺にはもう、残光はない。
____生きることを諦めるな!!
君に言われたら、諦め切れないじゃあないか。
____杏寿郎!!!!!
ぼんやりと、視界が還ってきた。
己の視界に映るAは、どくどくと血を流し死に物狂いで己へ言葉を掛けている。
そんなに大きな声を出すな。
傷に響くだろう、君が死んだらどうするんだ。
「杏寿郎!!杏寿郎生きろ!!!
杏寿郎は皆を守ったんだ!!!だから…っ!!!」
「……A」
「死なないでよっ…!!!杏寿郎!!!」
「奇柱様!そんなに叫ばれると貴女が失血死してしまいます!」
「よもや………A…………俺、は…責務を、果たせたのだろうか………」
「果たしたよ。だから、」
亜麻色の髪がふわりと揺れる。
嗚呼、愛いな。
「一緒に帰ろう?」
この日見た笑顔を、俺は生涯忘れないだろう。
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作者名:あちゃん | 作成日時:2021年1月10日 19時