2・白虎と黒龍の悋気 ページ9
真一郎と恋人になって一ヶ月程はどぎまぎしていたが、いつも通りに接してくる彼に李里は次第にいつも通りの反応を返していった。それと同時に、恋人に対する悋気も滲む。自分のように甘え下手で愛を求める少女が現れたら同じように接するのか。そして、同じように惚れられるのか。それは、嫌、だった。夕暮れ、ほぼ土と化した花屑を踏んで帰宅途中で方向を急転換し、衝動のままに真一郎の店へ駆け込んでその大きな背に飛び付いた。
「おわっ！？…李里ちゃん？」
どうした？と、手袋を外す間を置いて、胴に回している手を柔く叩かれる。李里は何も言えなかった。ずっと不安がぐるぐるしていて、口を開いたら情けない涙声が出そうだったのだ。だから、返事の代わりにより強く抱き締めた。
「寂しくなったのか？」
真一郎の問いかけに、否、と頭を振る。ぱらぱら音を立てる長く伸び始めた横髪。困ったような声のあとにそっと手が外されて、正面から向き直る形になった。
「…笑わねぇから教えてくれよ」
頬を両側から挟まれて、瞳孔や網膜、視神経の更にその奥の思考を窺うように目を覗き込まれる。意を決して、洗いざらい不安を明かしてしまう。自分と同じような存在が現れたらという不安。真一郎は優しいから他の人に言い寄られる可能性、その中に居るかもしれない自分より素敵な人への悋気。今まで築いてきた関係が深い分大きい離別への恐怖。それらの一切合切を口にする。真一郎は何も言わず聞いていた。
「…オレ、李里ちゃんだからひっつくの許してたんだけど。エマの友達で、妹分だったから。…今は、恋人だし。オマエみたいな奴がまた現れたってぜってぇオマエより扱いは一線引くぞ」
真っ直ぐに見つめてくる、夜空を切り取って象嵌したような眼が不安や恐れを全部切り捨てているようだった。
「それに」
頬に添えられた手が頸に滑って細い革紐を捉える。
「オマエが黒龍の十代目総長とか、マンジローのチームの奴とかに取られねぇかヒヤヒヤしてる」
ペンダントトップが光を反射する。その波長さえも吸い取ってしまうような黒い目は明らかに自分と同じ色をしている。李里は申し訳なさと同時に深い歓喜を感じた。伸び上がって襟を引いて、真一郎の頚筋に口づける。それが示すのは執着の意味合い。
「…唇と、その先を許すのはあなただけです」
「そうじゃなかったら許さねぇ」
了解の返事の代わりに深くくちづけを交わす。直前まで煙草を喫んでいたのか絡めた舌は微かに苦かった。
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作者名：契 ゐと（元 いときち丸） | 作成日時：2023年11月6日 15時
