昏睡 ページ37
隠に搬送されたAは、一命を取り留めた。傷も塞がってきたある日、筧から連絡を受け取った神奈備夫妻が、蝶屋敷に娘を迎えに来る。それを聞いて獪岳は落ち着かない心地になった。
「はじめまして、鳴柱・神奈備Aの継子、桑島獪岳と申します」
「どうもご丁寧に。神奈備光穂と申します」
「その妻の、穂希と申します」
布団を挟んで行った挨拶。そこに眠る左脚の欠けたAは瞼を閉じたまま目覚める様子もない。
「…師範は、立派に戦い抜かれました」
「ああ、知っている。この子が頑張り屋なことも、真面目なことも…だが、その結果が、片足を奪われて瀕死の重傷とは…やりきれねェ…」
光穂は、熱い涙をぼたぼたと落とした。穂希は、襦袢で光るものを拭いている。獪岳は口をつぐんで俯いて、同意の意思を示した。視界に入る布団の膨らみは、不自然にあるべき部分の一部が凹んでいて痛ましい。
「…この子は、あなたにとって、良き師でありましたか?」
「はい。剣技だけでなく、礼儀作法や、教養も、全て師範から教わりました」
「そう…なら良いのです。この子は、あなたに色々のことを教えるのが楽しくてたまらなかったようだから」
掛け布団の外に出ていた手を優しく撫でる穂希の顔は、母親のそれだった。もう、いい時間になってきている。獪岳は深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「ええ、こちらこそ、娘をありがとうございました」
父親の背に負われる師範の後ろ姿は、小柄さも相俟って疲れて親に背負われながら眠る幼子のようだった。
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作者名:契 ゐと(元 いときち丸) | 作成日時:2022年8月8日 20時