幸せ ページ13
継子ができて、Aは大変幸せだ。広い家に居ても寂しくないし、教えたことを素直に貪欲に吸収してくれる継子はとてもかわいい。壱ノ型ができないと嘆いていたが、使う手を右から左に変えるとすんなりとできるようになっていた。左を使うなんて、と言っていたが、もし右手を落とされたときのことを考えてごらんと言えば察して成る程、と頷いていた。
「ほんと、君が居てくれて幸せだよ」
ふと、幸せと口に出して思う。あの女に獪岳は会ったことはあるのだろうか、と思ったのだ。
「…師範?」
急に黙り込んだAを獪岳は訝しげな目で見た。
「獪岳はさ、夢柱に会ったこと、ある?」
「…ありますよ」
ひどく嫌そうに、それこそ黒く照り輝くすばしっこい楕円形で触角が長いあれを見たときのような顔で獪岳は返事をした。
「師範のことを言外に悪く言うし、壱ノ型ができないのは知ってるけど、あなたを継子にしてあげるなんて上から目線で言ってきたのが腹が立ちます」
あと、哀れんでいるような目が気にくわない、と彼は吐き捨てた。
「よかった…」
獪岳の手を握りながら安堵の息を吐いてAは張り詰めていた背を丸めた。
「師範?」
「君が操られてなくて良かったって話だよ」
獪岳は、Aの手があまりに冷たく、細かく震えているのに瞠目した。そして、握られた手を離させて逆に包み込むようにした。Aにはその温かさがちりちりと凍みる。その小さく刺すような痛みさえ幸せだった。
「見苦しいところを見せてごめんね」
「いえ、師範がやられてきたことを思えばそうなるのは当然です」
Aはさらりと肯定してくれる愛しい継子にじっとりした視線を送る。
「君さ、私に甘すぎない?」
「師範の気のせいではないでしょうか」
にっこりといい笑顔で言い放たれてこの好青年め、と頭を荒く撫でた。獪岳の顔はうれしそうに見える。
「それじゃあ、任務の時間まで少しのんびりしようか」
「はいはい、雷獣さん」
獪岳はにやにやと笑いながら鬼殺隊の中でAに付けられた二つ名で呼んだ。普段は大人しいのに、戦いとなると呼吸で視える雷を纏って大暴れするのでこの渾名がついたのだ。
「その二つ名、結構照れ臭いからやめてくれないかな」
「やです」
「そっか嫌かー」
部屋を染める午後の光が師弟を照らしていた。
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作者名:契 ゐと(元 いときち丸) | 作成日時:2022年8月8日 20時