父 ページ2
恙無く母と弟の火葬を終え、集合墓地に入れる手筈を整える。小柄だった母も、幼い弟も、片腕で抱えられる大きさの壺に入って帰ってきた。
「お前さんの父親は健在なのか？」
「…父とは、思いたくありませんが。血の繋がった男親は、そうです」
あそこに住んでいます、とAは大きな家を指差した。そこは、有名な化粧品会社の重役が住んでいる家だ。Aの母はその重役に気まぐれに手折られ、結果としてAが産まれた。愛人として囲われていたが飽きられ、今となっては捨て置かれている。当然Aにも関心はない。
「弟と私は種違いなんです。弟の父は時疫で昨年鬼籍に入りました」
母の連れ子であったAを、弟の父は実の娘であるように可愛がってくれていた。短い間であったとは言えど父の愛を知った。
「私は、あの男を父だとは思いません。弟の実の父の方が私の父だと今でも思っています」
「…そうか」
男はくしゃりとAの髪をかき撫でる。
「そんなに思ってもらえたなら父親冥利に尽きるってもんだろうよ」
Aはいきなりの感覚にびっくりしてずっと俯きがちだった顔を上げた。男の顔をはじめてまじまじと見る。歳を重ねたが故の円熟した色気がある、瞼に走っている傷でさえも魅力的な凛々しい美丈夫だ。
「はは、そんなびっくりした顔をしなくていいだろうが。なぁ、お前さん、見たところ行くところが無いようだから俺のところに来るか？」
娘になってもらいたくなった。と、男は明朗に言う。
「俺たち夫婦には子が無くてな。お前さんが良ければになるんだが、うちの子になって欲しいんだ」
勿論、無理に父さん母さんと呼ばなくていい。と言われて、Aは頷いた。
「おじさまと呼びますね。」
「お？いいのか？…っと、名前聞いてなかったな。なんていうんだ」
母がつけてくれた、自分を表す文字を、口の中で転がすように吟じた。
「紫雷Aと申します」
「お前さんは母親にいい名を貰ったな。俺は、
よろしくな、A。と差し出された堅い剣胼胝のある手をAは握った。
荷物を持って生家を後にした。たまにはここを訪れるといいと神奈備が残しておいてくれたのだ。
「何から何までありがとうございます」
「このくらいは当然だ。
にかにかと笑う光穂にAは少しの間きょとんとした表情をしてから微かに口角を上げた。
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作者名：契 ゐと（元 いときち丸） | 作成日時：2022年8月8日 20時
