人知れぬ決意 ページ48
≫A side
あの事件は予想もしていなかったけれど、一瞬の気の緩みもあったのかも。
ほんの僅かな時間にこんな事になるなんて、誰も思わなかった。
男性は私のことを“籠の中の鳥”と呼んで、更には助け出したいとも言っていた。
私を“籠の中の鳥”にしたのは、他でも無いあなたが原因だと言うのに。
「あなたが無事で良かった、本当にそれだけ」
お見舞いに訪れた病室で、傷にガーゼを当てた痛々しい姿のマネージャーさんにはそう言われた。
胸が苦しかった。
その場で逮捕、そして送検された男性。
起訴された後の裁判では“あくまで脅しのつもりのカッターナイフで、傷付けたのは予期せぬ出来事だった”。
そう主張し、傷害罪で懲役2年の刑の判決となった。
事件発生から約3ヶ月経過していた。
私の為に身体を張ってくれた、大事なマネージャーさんを傷付けておいて、たったの…2年。
ああ、そうだ。
自分で自分のことは守れる様にならなきゃ。
もう…私のせいで傷付く人が出ないように。
犯人が塀の外へ出てくるのは2年後なら、私はその時にはこの世界から去っていよう。
もしも活動を続けていて、次は何をしてくるか分からないから。
両親には“事件があってから、表舞台に立つことが怖くなった”と伝えてみた。
「A…しんどいなら無理しなくて大丈夫だぞ」
「母さんも、Aの身や心を犠牲にしてまでこの世界に留まって欲しくは無いわ…」
両親はそう言って、私を見つめる。
相談した上で決まったのが“中学校卒業まで”、それが芸能活動をするリミットとなった。
自分で決めた事。
それでも…寂しさ、悔しさ、怒り…。
複雑な感情を抱えて、1人こっそりと何度も涙を流した。
それはきっと…誰も知らない事実。
***
気分転換にと思ってプレイヤーで再生していた推しのライブ映像は終盤を迎えていた。
考え事や回想をしながらでも映像を見切ってしまうのだから、我ながらに器用と思う。
改めてカイちゃんに助けてもらった時の男の事も思い出す。
あの男、12年前の事件の犯人とは別人に見えた。
でも、何処か雰囲気と…声は似ていた気がする。
正直、今時顔は幾らでも変えられる。
確信が持てたわけじゃ無いけれど…同一人物の線が考えられないことは無いのだ。
あの男は未だ、私を…引退したAAを探しているんだろう。
「自分の身は、自分で…守る」
12年前の決意。
1人それを口にして、私は唇を噛み締めた。
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作者名：千草 | 作成日時：2023年10月27日 12時
