推しの推し (ページ47)

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赤椿ページ47

≫A side

ただ事では無いのは分かった。

緊迫するこの現場で、男性がマネージャーさんに気を取られている隙がチャンスと、私はそっと携帯電話で警察へ通報する。

早く、早く来てと、私は願うしか出来ない。

カッターナイフを今度はマネージャーさんに向けて、大声を上げる男性。

興奮する様子は収まるどころか増すばかり。

拉致が明かないと判断したのか…いや、私の身を第一に考えて守ろうとしてくれたんだと思う。

男性を車から距離を取らせようとしたらしいマネージャーさんは、“離れなさい…！”と言いながら遂に男性に掴み掛かった。

刃物を持っているのを臆さずに。

そして事態は最悪方へと展開してしまう。

男性もまさか、脅しの刃物が効かないとは思わなかったんだろう。

掴み掛かられて驚いて、マネージャーさんを振り払おうと大きく身体を左右に振ったのだ。

瞬間、真っ白だった世界に咲く椿の花。

男性が手にしていたカッターナイフは、身を振った反動でマネージャーさんの鎖骨辺りから首にかけて傷を作った。

私は何が起きたのか瞬時には理解出来なくて、首元を抑えて地面に倒れ込むマネージャーさんに消え入りそうな声で声を掛ける事しか出来ない。

「…え、マネージャー、さん…？」

パタリパタリと雪上に咲いた花は数を増やし、そして1つの大きな染みとなっていく。

事の成り行きをただ見守っていただけの野次馬達からは悲鳴と響めき。

それから私が通報したものと思われる緊急車両のサイレン音が近付いてきていた。

「…ああ…あぁ！！クソっ、なんで何でだよ！！俺は…Aを助けたかっただけだ…俺は悪くない！！」

マネージャーさんの怪我は、本当に意図していなかったんだろう。

男性も取り乱し、この状況にまたも大声を上げている。

現着した警官が男性を取り押さえて、マネージャーさんには救急隊の方が駆け寄り処置を始めた。

全てがまるで作り物のドラマの世界のよう。

そう私の目に映ったのは、目の前で起きた一連の現実を受け入れたくないが為だったのかも知れない。

後に明かされた。

あの男性は例のラブレターの差出人だと。

私の周りの大人達は相手の顔も分からない中、手紙の差出人との接触を避ける事を徹底していた。

そして私はそんなルールの中での生活も、仕方の無い事だと子供なりに理解はしていたのだった。