悪夢 ページ44
≫A side
重たい足音。
侵入者は部屋の中を歩き回っているらしい。
こんな時に運の尽きか。
隙を見て通報をと思って手にしていたスマートフォンは、振動と共に着信音を発した。
侵入者の耳にも届いたのだろう。
足音が段々と近付き、バッとクローゼットの戸が開かれる。
部屋の明かりが私を照らし、眩しさに目を細めた。
「…A、見つけたよ」
それはいつか私を襲った面識の無い男の顔。
男は笑っていた。
私は腕を掴まれ引き摺り出そうとするのを必死に抵抗する。
嫌だ嫌だ、誰かたすけ、て…！
………
……
「…嫌！！」
そう大声を出し、私は飛び起きた。
自宅、自室、ベッドの上。
部屋の照明を付けて辺りを見回しても、目の前にいたあの男は居ない。
どうやら今のは全て、夢…。
夢で良かったという気持ちは有れど、いやにリアル。
嫌な…本当に嫌な夢だ。
未だ震える身を抑えようと、膝を引き寄せ自分の腕で包んだ。
時刻は午前4時前。
あの男のとてもとても恐ろしい笑顔が頭から離れない。
二度寝など出来るわけがなく、そのまま私は夜が明けるのを待った。
***
「…はい、申し訳ありません。宜しくお願い致します…失礼致します」
スマートフォンを耳元から離して通話を切る。
あの夢のダメージが大きく、どうも今日は家から外に出られなそうで、職場には“体調不良”で休暇を頂いた。
本当は…誰か側に居て欲しい。
そんな事を頼める人は友人くらいだ。
その上友人も、急に連絡をして直ぐに私の元へ来れるとは限らない。
きっと…今日も仕事。
開きかけた彼女宛てのメッセージ画面は、スワイプして閉じた。
友達…いないから。
自分の中で改めて強くそれを認識する。
それと同時に、何故かカイちゃんのことが思い浮かんだ。
いや彼は…友達関係では無い。
カイちゃんと会っているのは、あくまでも“ただの社会人”として。
色々訊ねられたことに対しても、“仲良くなったら”と言ってその場は濁した。
今までもそう。
そうやって先ずは演じて、信用出来る人を見分けて来た。
カイちゃんや…レンくんもそこは変わらない。
…彼のファンであることはちょっと痛い所。
けど、全てを明かすことは考えられない。
下の名を明かしたとはいえ、私の中でそこはブレていない。
そう思って僅かに胸がチクっとしたのは、カイちゃんの言葉に多分嘘が無いのを分かっているから。
私と“仲良くなりたい”って。
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作者名：千草 | 作成日時：2023年10月27日 12時
