こそこそばなし ページ32
≫A side
「…Aさんさあ、夜予定空いてる？」
少しだけ離れた場所で身体を動かすMobuoさんには聞こえないような声の大きさ。
まるで耳打ちをするように、カイちゃんはこっそりと私に近寄って話しかけてきた。
この集まりを解散したら、私は家に帰るだけだ。
“特に何も”と私もやや声のトーンを落として答えると、カイちゃんは顔色をパッと明るくして続ける。
「夕飯食べ行かない？って思って」
「ごはん…ですか？」
「Mobuo誘ったんだけど、先約有るらしくさ。良かったら…」
こうして彼が距離感を縮めようとしてくれているのは素直に嬉しい。
この間の言葉があるから嫌だとは感じていないし、今のところカイちゃんが私の過去について触れて来ない。
つまりは…気が付いてはいないと思う。
折角の誘い。
寧ろ私は“カイちゃんさえ良ければ”という感じだ。
若干の浮かれた気持ちを抱きつつ、そっと返事をした。
「…私で良ければ、」
「ほんと！よっしゃ…じゃ約束ね」
…とあっさり予定が決まってしまった。
一旦解散して、支度を整えてまた集まるという流れになって、私は今支度を済ませて待ち合わせの時間に合わせて聞いていた約束のお店へ。
着いたら伝える様に言われていた名を店員さんへ伝えると、“どうぞこちらへ”と案内された。
案内された個室の席には誰も居らず、私が先に着いてしまった様。
どこに座ろうか…取り敢えず、入り口側に座っておこうかな。
というか…カイちゃん具体的に何も言っていなかったけれど、この会って2人きりなのかな。
あれ、でもテーブル上のお箸とおしぼりは3つだ。
てことは誰かと一緒に来る可能性？
それはそれで何だがまた緊張してしま…て、待って。
そして私はもう一つ重要な事に気が付いた。
食事を摂るということは…素顔を晒す事になる、と。
かと言って、ずっとマスク付け続けていたらそれの方が不自然だ。
待って、どうしよう。
どうする…？
今更断るなんて…いや、無理でしょ失礼過ぎる。
何で気が付かなかったんだろう…！
そわそわとしながら思考を巡らせる私の事情なんて関係無く、時は刻々と進む。
そして遂に、戸を叩くノック音が3回。
店員さんらしき人が“失礼致します、お連れ様ご到着です”と一言。
それからがらり、と個室の戸が開いて誰かが入って来た。
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作者名：千草 | 作成日時：2023年10月27日 12時
