推しの推し (ページ31)

今日:32 hit、昨日:15 hit、合計:29,135 hit

ハート泥棒ページ31

≫髙橋 side

「いえいえこちらこそ。私もお会い出来て光栄です、Mobuoさん。いつもご活躍拝見してます」

よくある挨拶でAさんは返答すると、“俺のこと知ってるって！”とやや興奮気味のMobuo。

彼もまた彼女のダンスに、且つ謎が多い彼女に興味を持つ1人。

…どうしよ。

俺より先に、しかも俺よりも仲良くなられるのはなんかちょっと嫌かも。

目の前の2人が交わす会話を耳に入れながらも、俺はそんな事を心の片隅で感じていた。

　***

今日俺らがスタジオを借りたのは完全プライベート。

Mobuoとの交流の延長で、互いに自己研鑽出来たらとこうして集まることは度々ある。

それらを今日お呼ばれしたAさんにMobuoが説明すると、妙に強張っていた彼女の表情が徐々に解け、柔く花咲むようになった。

MobuoがあのAさんが踊った動画を自身のスマートフォンで視聴するので、Mobuoは勿論、俺もつられて身体を動かしてしまう。

「そういえばただの社会人さんは“カイトのファンだ”って聞いたんだけど、きっかけって何かあったの？」

ふと、MobuoがAさんに訊ねた。

それ俺も気になってたやつ。

いつ聞こうかと思っていたらMobuoに越された。

「あの…コンサートに友人に連れられて行ったんです」

曰く、グループとしてデビューして間もなく開催された記念すべき1番初めのコンサートにお友達と来てくれたらしい。

「その時に、カイちゃんが目の前で私に所謂ファンサを下さって」

「…え、俺？何なに、じゃあ俺ずっと前にただの社会人さんに会ってたってこと？」

どうしよ…覚えてない。

俺もあの時のコンサートは言えば人生初の大舞台。

緊張は当然していて、勿論楽しんでいたけれど事細かに覚えているかというと微妙過ぎる。

“ごめん”、とAさんに当時のことをよく覚えていないことを謝ると、多分彼女は俺がその時感じていたことを汲んでくれたらしい。

「あれだけ沢山のファンの中の1人ですよ？もう何年も経ってますし、逆に覚えてたら凄い」

うんうん、とまるで自分自身の台詞に納得をするように頷くAさん。

「兎に角、その時に私は…カイちゃんに“ハートを奪われた”んです」

“ハートを奪われた”。

面と向かって彼女のその言葉を受け取った俺は素直にじんわりと嬉しくなった。

と同時に、レンの忠告の言葉が脳裏に過った俺は再び冷静さを取り戻したのだった。