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店に通うこと数回。
彼女についてわかったことが、いくつかある。
まず、彼女は所謂"エリート層"の客に人気であるということ。
勿論その客たちと直接話したわけではなく偶然聞こえてきた話し声を盗み聞きしただけだが、それだけでもわかることは多かった。
彼女を贔屓にする客は、華族の跡取りや実業家、官僚に至るまで多岐に渡る。世間からみると、帝都大学の学生である俺もその同族の端くれに見えるかもしれないが。
下品な言い方をすると、彼女は「ハイレベルな会話についてこられる女を相手にしている」というステータス的な優越感をほしいままにさせてくれるのだ。恐らく、これまでもインテリ"を自称する男たちを魅了してきたことだろう。
そして同時に彼女は、一部の"エリート層"の客にひどく嫌われているということ。
これに関しては、身なりがよく雄弁ぶる男が他の女給に向かってAさんの誹謗中傷を吹き込んでいるところを何度か目にしたことが根拠である。
誹謗中傷の中身は、「あいつは女の癖に生意気で可愛くない」といったものが多い。それらから察するに恐らく彼らは、Aさんの賢さを知らぬまま博識ぶって彼女に知ったかぶりの演説を披露し、彼女の静かな教養を前に屈辱を感じたことがあるのだろう。さしずめ負け犬の遠吠えというやつだ。実際彼女は、聞こえるように悪口を言う彼らにも全く物怖じしない。彼女の精神力は大したものである。
「なあ、Aちゃんはどうしてここで働いているんだ?」
ある日俺は、ずっと気になっていたそれをとうとう尋ねた。
「どうして、といいますと…?」
彼女は少しも動じず俺の猪口に清酒を注ぎ、ささ、と言ってすすめてきた。さっぱりして美味しい。
「…そうだな、失礼を承知で単刀直入に言うと、君みたいな美しく賢い女性がどうして女給なんてやっているのか、不思議で仕方ないんだよ。何か理由があるのか」
キネマ女優にもひけをとらない美貌と、下手をすると帝都大学生以上に幅広い知識を備える類い稀な賢さ。カフェーめぐりを趣味とする俺が言うことではないかもしれないが、本人が希望さえすれば女給などにとどまるべき器の女性ではないということは火を見るより明らかであった。
俺の問いに若干彼女は顔を曇らせた。
「女給をやる理由…。そんな大したものでは、ないのですけれど。
でもそう仰るのなら…そうですね。恐縮ですが、もし百日通ってくださったら、お話しすることといたしましょう」
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更紗(プロフ) - おもちさん» 温かいコメント、そして作品を読んでくださりありがとうございます!すごく嬉しくて気づいたときちょっと泣きそうになりました(T_T) お好みに合うのであれば幸いです♪今後も緩くですが頑張りますので、引き続き楽しみにしていただけると嬉しいです^^ (2022年7月31日 2時) (レス) id: a475ea03b6 (このIDを非表示/違反報告)
おもち - SEECさんの作品で短編集なんてなかなか見ないものなので、読み始めたのですが、この甘ったるすぎない少し甘酸っぱい雰囲気がとても好きになりました!応援しております、これからも無理しすぎないように更新頑張ってください!! (2022年7月27日 21時) (レス) @page13 id: 19c9f4b836 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:更紗 | 作成日時:2021年7月28日 23時