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空野Aは、表面上模範少女であった。
高等女学校では一番の成績を修め、学級委員長を務めている。
美しい容姿と親切な性格や人望の厚さ故に非常な人気者で、大人たちからの覚えもめでたい生活を送っていたが、そんな彼女にも人知れず抱いた悩みがあった。
恋である。
彼女は恋というものに憧れていた。
誰それに恋人が出来たとか、恋人の浮気性な性格に悩んでいるとか、駆け落ちの計画を立てているとか。周りの相談を聞くことは多かったが、どれ1つとして彼女本人には縁遠いことだった。
決して理想が高すぎる訳ではなく、しかし、一見すると完璧に近いその外面と内面故に、敢えて言い寄ってくる者はいなかった。
そして彼女が自発的にときめくような男性に会うことも、女性ばかりの環境で生活しているが故にほぼなかった。
本当は学校からは読まないようにと言われているけれど、恋愛を主題とした小説が読みたくて『金色夜叉』を愛読しているし、田山花袋の『蒲団』だって隠れて読んだ。そしてまだ見ぬ恋の世界への恋慕の情を抱いた。
それでも、本を読むだけで恋への憧れが満たされることはなかった。
そんな彼女に転機が訪れたのは、友達の付き添いで喫茶店に入った日。
友達の言葉につられふと目をやった斜向かいの席に座る男性4人組は、Aが今まで会ったことのある男性たちよりもずっと若く華やかで、魅了されるのにそう時間はかからなかった。
中でも、年の頃があまり変わらないと見える蒼髪の青年に、Aは大した理由もなくころりと惚れてしまった。
そして友達の「憧れの人を遠目に見るために店に通う」という習慣を真似し、例の青年をせめてもう一目見られることを願ってラパンに通い始めた。
幸いコーヒーは好物だから、お気に入りの本を片手に気長に通い続けてみよう。
青年が店の常連であるという確証はどこにもなかったので、これは一種の願掛けのようなものだった。
しかし3日目、あっさりと青年が現れたのだ。しかも自分のすぐ近くの席に来た。
彼女が声を上げてしまうのも、無理はなかった。
しかしそのいきさつを全て語って初恋の相手から気持ち悪い女だと思われるのはいたたまれないので、なんとか、誤魔化す他なかった。
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作者名:更紗 | 作成日時:2021年1月22日 15時