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凪の次の非番は、生憎直也や哲とはかぶらなかった。
バディの充は同じく非番のはずだったが、1人で遊びに行ってしまった。
どこに行くのか凪が尋ねると、「連れていってやりたいのは山々だが、凪はもう少し大人になってからな?」と言われてしまったので、恐らくカフェー巡りだろう。接待つきの方の。
「…たく、非番に1人で何が楽しいっていうんだよ。
ああ、でも俺の一押しの女性(ひと)の新作映画、封切りされたんだったな…キネマにでも行っちゃおうか。
いや、銀ぶらという手もありか…」
あれこれと思いを巡らせながら凪はひょうたん池の方に抜け、町中に出ていく。
青い空に白い雲、賑わう人々。
(こんなに世界は平和に見えるのになあ……)
職業柄世間の汚い部分ばかり見ているため平穏な世間を前に凪は、心という小部屋の換気がされたかのように思った。
刹那、凪の視界の端を1人の少女がひらりと通りすぎる。蝶が舞うような軽やかな足取りで道を行く後ろ姿に凪は思わず目を奪われ、進む先を見ていると、彼女はラパンに入っていった。
「……あっ、あの子は……!」
Aだ。店の戸を開ける横顔でようやく、彼女の正体に気がつく。とともに、凪の今日の予定が決定した。
彼女を追うように凪もラパンを目指して駆け、扉を開けるが早いか身を滑り込ませた。
「こちらへどうぞ」
「ああ…どうも」
給仕役の男性の案内で凪が店内奥のカウンター席に進むと、その席の2つ先の席に、同じようにカウンターに案内されたAが1人で座っていた。
注文した飲み物はまだ届いていないようで、彼女の手元には尾崎紅葉の『金色夜叉』があった。
凪が恐る恐る座ると、Aは本から顔を上げて凪の方をちらりと見て、多分に驚いたような表情をした。
「まさか、そんな……」
彼女は本から片手を離して口元に添える。開かれていた本がぱたりと閉じた。
(ん?)
彼女の一種異様ともとれる反応に凪は面食らう。案内されて座った席は彼女の隣とはいえ間に空席があるし、今日は特高の制服は着用していない。
引かれるような行動は何もしていないはずだ。
「あの、俺が何か……?」
「…!ごめんなさい、とんだ失礼を」
凪の問いかけにはっと我に返った彼女は、すぐに謝辞を述べる。
「いや、構わない…」
このまま会話を続ける勇気のなかった凪はそう告げて話を切り上げ、店員を呼んでコーヒーの注文をした。
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作者名:更紗 | 作成日時:2021年1月22日 15時