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僕が現世に帰って新たな生をスタートさせてから、2年が経過した。

無事医大を卒業した僕は、現在は研修医として忙しい日々を送っている。



確かにあの日、僕は地獄から帰ってきた。

けれど、はっと気がついた時には、地面に尻餅をついた状態でただ路地裏をぼんやりと眺めていた。

地獄にいた時の記憶はある。しかし、どのようにしてここに帰ってこられたのかが何も思い出せない。

一時も離れず僕の腕を彩っているブレスレットも、現世の景色に気がついた頃には既にはまっていた。どうやら僕以外の人からは見えないようで、金属としても察知されていないようだ。そして、どんな力をかけても外れないし壊れない。
地獄から帰ったら着いていた、ということを考えると、どうやらこれは地獄製らしい。恐らく、地獄でしか採れない珍しい素材なのだろう。

見慣れないようでいてどこか心惹かれるこのブレスレットは、一体何物なのだろう。僕が現世に帰ってこられたことと、どんな関係があるのだろうか。

(ただ、ひとつだけ言えることは……)

僕は、大切な何かを忘れてしまったのだろうということ。

綺麗さっぱり抜け落ちているその"一部の記憶"は、僕にとって何よりも大切なものだった。何よりも、忘れてはならないことだった。

覚えていないのになぜそんなことがわかるのか。それは、僕の心に空いた虚しさという穴のせいだ。現世に帰った手順。そこが、僕の生還の全ての鍵なのだから。

(もしかして、全ては夢だったのか)
地獄にいた記憶自体、夢だったのではないか。長い夢を、見ていただけなのではないか。そう思ったりもした。

けれど、そうではないということを左手のブレスレットが物語っている。


(僕を救ってくれた人が、いたんだよな)

地獄なんて、自力での脱出が叶う場所ではない。
そうなると、誰かの手助けがあったはずだ。

けれど、その『誰か』は、僕と一緒にここへは来なかった。

現世へ戻ることを望まなかったのか、それとも、来られなかったのか。助けてくれたのが人間だったのか、まさかとは思うがそうでない別の生き物だったのか。全ては、わからないままだ。

(支援者A…いや、地獄の花とでも呼んでおこうか)

地獄という空間から、僕を助け出してくれたであろう人。そんな存在がいたという証明はないが、確信はしている。

何もかも忘れてしまったのだからせめて、この確信を大切にしたい。花とでも称すべき優しい誰かと、僕との唯一の繋がりなのだから。

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作者名:更紗 | 作成日時:2021年1月22日 15時

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