2 ページ2
そっぽを向いた先で凪が目にしたのは、華やかな乙女たちの3人組だった。通路を挟んだ斜向かいの席に座る彼女たちは近くの女学校の生徒と見え、袴姿が可憐である。
中でも空色の着物を着た少女は一際目を惹くような美少女で、凪は一瞬で心を奪われてしまった。所謂、一目惚れである。
こうなってしまうと、凪はもうそちらの会話ばかり気になって仕方がない。何でもない顔をして哲たちの方を向きつつも、聞き耳を立ててしまった。
「ねえ、タヱさんの好い人、今日はまだいらしてないの？ここによくいらっしゃるのよね？」
「きゃっ、好い人だなんてやめてったらあ！まだお話したこともないのよ。遠くから、素敵だなあってお慕いしてるだ・け。
ブラックコーヒーを啜る姿が本当に凛々しくて…ああ、いらっしゃらないかしらん」
どうやらタヱと呼ばれた少女の片想い相手を一目見るべく、仲間内で偵察に来たようである。
「でもここのコーヒーはコクがあって美味しいから、ブラックで飲みたくなっちゃう気持ちわかるわ…」
「ほんっとAさんって大人ね！
私たちの学校でブラックコーヒー飲めるなんて、Aさんくらいだと思うわ。
皆、お砂糖とミルクをたっぷり入れて甘くしないと飲めないもの」
数秒の間は聞き流したが、ふと凪に衝撃が走る。
ブラックで飲みたくなっちゃう、だって？
(あんなに花も恥じらうような可憐な彼女が、ブラックコーヒーを好むのか)
ほうけてしまった凪だったが、しばらくして我に返った。まだ少女たちの会話は続いている。少し小声でひそひそ話をしていたが、皮肉なことに凪は耳が良く全て聞こえてしまった。
「ねえ、ところで…あちらのテーブルの人たち、素敵じゃない？とっても綺麗なお顔立ちだわ」
「あの感じだと、かなり上背もありそうね！きっと飲んでるのはブラックコーヒーよ！素敵な男の人は皆ブラックで飲むものよ、私の好きなあの人みたいに！」
「流石にそれは言いすぎだとは思うけれど…
でも、確かに素敵ね。」
素敵ね。素敵ね。素敵ね………
Aと呼ばれた彼女の最後の言葉が凪の頭に木霊する。
「凪、どうかしたの？さっきからぼんやりしているけど、どこか具合が悪い？」
哲が心配するような声をかけた。と、凪は何か決意したような表情をして顔を上げ、すっかりぬるくなった激甘コーヒーを一気に流し込んだ。
「な、凪？大丈夫か？」
「…コーヒー」
「…え？」
「…コーヒー、もう一杯飲みたい」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 22人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：更紗 | 作成日時：2021年1月22日 15時
