第二十話 ページ20
ノ夜は思い出す。
ここにいる人間は誰一人生まれていない、
それどころか今いる吸血鬼のほとんどさえいたか不確かな程前のことだ。
幼いユウと、眠るミカエラ。そしてアシェラ・ツェペシ、クルル・ツェペシと過ごしていた時間があった。
そこに、この、吸血鬼か、鬼か天使か、一体何と称すれば良いかも分からない“これ”は本当にいただろうか。
記憶がいたと言ってくる。
見たこともないほどに美しい白銀の姿を、過去の映像の中に映し出す。
その時の彼女は、一体何者だったのだろうか。
その時はただの吸血鬼、それとも人間だったろうか。
あるいは既に、天使を秘めていたのだろうか。
子供らしい感情を見せるアシェラとクルル、
その横にいた彼女の目に、それらしいものは見えなかった。
二人より幼いはずだ。
それなのに幼い彼女の目は、まるで世界の崩壊を見続けてきたかのような諦観に凪いでいた。
ただ、彼女自身も記憶に不確実さを抱えている。
それはこの記憶阻害が彼女の意図ではないこと示しているだろうか。
もし全て彼女の思い通りであったとしたら、
先程起こしたノ夜と同じ、あの極自然な反応でさえ演じきったとでも言うのだろうか。
自身で立てた仮説に苛立ちを覚えて、ノ夜は八つ当たりのように思い切り刀を打ち付けた。
ノ夜〈不釣り合いな剣だなあ〉
Aは片手で実体のない剣を掲げている。両手でノ夜が振り下ろした刀とぶつかって火花を散らす。
普通の剣にしては巨大すぎる。まして彼女が持つとその異様な大きさが際立って見える。
空気を固めて出来たような見た目なのに、ノ夜の刀は通らない。
彼女の実力を鑑みるなら、その剣では小さすぎる。
値踏みするようなノ夜の視線を、Aは嫌がった。
攻撃の衝突で生まれた力に乗って、彼女が後退の意思を見せる。
グレン「ノ夜！」
グレンが既に地面を蹴り出した状態でノ夜を呼ぶ。
Aは素早くは動かない。
ノ夜の判断を窺っている。
彼女を優先すべきか？ この違和感に従うべきか？
それともこれから訪れる「本番」に意識を向けるべきか？
グレンが追うその本番、しかし彼女の動きが気になってしまう。
どちらがメインステージだろうか。
A『……そう、行ってしまえ』
後ろ髪を引かれる思いでグレンの後を追って行ったノ夜にAは呟いた。
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作者名：アルカーヌ | 作成日時：2021年9月24日 21時
