第二十話 ページ19
強大な存在が収束する。
まるでその存在を忌避していたかのように、途端軽やかな風が遠く過ぎ去っていった。
鬼の血を体内に巡らせてからずっと意識の隅に巣食っていた、質の悪い感覚が漸くこの身体から抜けていった。
Aは大きく溜息をついた。
グレン「行くぞ」
ノ夜は、自身の血のように赤い髪の向こう、Aを食い入るように見つめていた。
ノ夜〈クルルじゃない、でも〉
真祖をその身に入れておいて、そんなにたくさんの鬼の匂いを強くさせておいて、彼女のその白銀は何処までも美しく透き通るようだ。
ノ夜に負けず劣らず、血を浴びているだろうに。
羨ましくはない。そのような意図ではない。
グレン「おい、聞いてるのか」
その奥に覗く、真っ赤な瞳と目が合った。
赤い髪がうねる。
彼女の瞳に、あれこそが「赤」色なのだと言うように。
ノ夜はグレンの一切を無視して、一直線に地面を蹴った。
疲労からか、はたまた違う理由か、ノ夜から逃れようとするAは一瞬だけその事実に対する反応が遅れた。
赤く閃く黒の刀身が、迷いなくAの眉間に吸い込まれる。
ノ夜〈ああ、でも、知ってる。あの時もいたな、A〉
虚空に突如として放出された緋色の剣先が、ノ夜の刀の動きを止めていた。
真空の剣は、鬼が強大化している今だからなのか、彼女の思い通りに寸分違わぬ動きを見せた。
Aから目を全く離さないまま、刀を持った腕がノ夜自身からは乖離したような動きで振るわれ続ける。
彼女は後退はするものの、揺れるような動きだけでその全てをいなしていく。
緩慢にも見える動きだが、その表情に余裕は無い。
彼らが会うのは初めてでは無い。
寧ろ、遠い過去に何度も会っていた記憶がある。
記憶がある。
何故ってノ夜はAを知っているし、Aもノ夜を知っている。
記憶が、ある。そのはずだ。
ノ夜〈そう、その反応!僕と同じ反応だ〉
口を噤むようにして僅かに止めた息。
少し大きく瞬いた目と、その分の光の調節のために小さくなった瞳孔。
ノ夜とAは同時に何かに気づいたのだ。
二人は会ったことがある。
会ったことがあるという記憶があるが、
そこに違和感がある。現実味がない。
ならば、会ったことがある記憶を持っているという、
記憶があるのではないだろうか。
それが意味することはつまり。
ノ夜〈おまえにもあるんだな、記憶の歪みが〉
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作者名:アルカーヌ | 作成日時:2021年9月24日 21時