第十九話 ページ18
本当の自分がどれなのか、
どの声が本心だろうか。
自分を見失った彼女は、
だからこそ既知を求めて、
自身を多角的に見た挙句、
心がまるで分裂していた。客観視されていた。
だから恐らく、彼女以上にAを理解している者でないと、Aは乗っ取れない。
彼女自身でさえ、Aという存在を支配出来ているのか定かでは無いのだから。
だから、
A『あなたは要らない』
彼女は真祖にきっぱりと告げる。
悔しげに、少しくらい食い下がろうと体勢を立て直そうとする。
重心を少し後ろに落として、そこで気づいた。
はっと細く強く息を飲んで振り返る。
ずっと見えない空を見上げていたはずの天使の、
真っ黒な目が真祖のすぐ後ろにあった。
手には黄金に輝く金管楽器。
ラッパ。
息を吸い込んだ天使は、何の躊躇いもなく
ラッパを吹こうとして___
真祖「くそ」
思わず真祖は逃げ出した。
真祖が鬼の心から立ち去っていく感覚。
Aはそれより早く、
抑半分傾けていたグレンたちのいる世界へ意識を戻す。
挙げ続けていた手を漸く下ろした。
A『いいよ』
真祖がAの身体を抜け出す。
その瞬間と同時に罪鍵が再び光を放つ。
真祖だけが囚われた。
真祖「ああ、君は無理だ」
試算通り三本の罪鍵には敵わない様子だ。
両目でAはそれを見送る。
真祖「次会った時は殺そう」
呪いの言葉を残して、真祖は封印された。
くどく、張り詰めていた空気が軽くなる。
息がしやすくなるし、心が落ち着きを取り戻す。
天使がラッパを吹いている。
必死に息を吹き込んでいるが、音は出ない。
疲れたのか飽きたのか、悟ったのか、
天使はだらりとラッパを持った腕を下げて、
また上を見始める。
上にいるのは神だ。
無知を与えてくださった。
それは何も私にだけではない。
神は人類にも無知をお与えになった。
それを自ら捨て去ったのだ。
それが人間であった。
人間には、既知に対する欲が抑えられなかった。
だからその長さの生しか持てなくなったのだろうか。
その短さは、既知を求めて絶望するに至るには
足りなすぎる。
人間は無知を捨てても生きていけるようになった。
既知欲を満たすことで、幸福を生み出せるのだ。
私は長く生き過ぎた。
無知いるにも、既知でいるにも長すぎた。
人間に触れすぎた。
世界は長く回りすぎた。
人間は優しすぎた。
幸せを分け与えたがった。
それが彼女にとっての最大の不幸だった。
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作者名：アルカーヌ | 作成日時：2021年9月24日 21時
