第十九話 ページ12
鬼〈で、どうしたいのさ?〉
鬼は大きく息を吐き出して、
乱暴に白い地面に腰を落とす。
自分とAに対する多大なる諦観と、
僅かな期待が反射した。
A『欲望をあげるから、強くなって。真祖を塗り潰して、押し出せるくらいに』
鬼は「で?」と言いたげな投げやりな表情だ。
鬼〈じゃあ欲望をくれよ〉
Aが初めてその哀しさの一部を哀れみに変換したように思えた。
その代償に、より一層深い影が落ちた気もした。
A『鈍ったね』
脳が弾かれた思いがして、傲岸に片手で支えていた顎を上げる。
彼女は乗っ取ることが出来ない。
何をしても無駄なのだと積み上がった諦観、
故にずっと使わなかったこの嗅覚。
頭をすっかり空にして、目と、耳と、全てを
感覚の全てを研ぎ澄ませた。
鬼〈どうして〉
あったのは欲望だった。
膨れ上がって、もう行き場がなくなって、
今にも溢れだしそうなほどの
吸血鬼が、鬼が、そういう世界を諦めた者が
持ち得ない程の量。
まるで人間みたいな大きすぎる私欲。
これ以上ないほどの、もう要らないと吐き出せるほどの欲望は、既に差し出されていたのだ。
鬼〈そんなの、どこに隠してたんだよ〉
その声は震えていた。
不安定に様々な感情が込み上げて、
嘔吐いてしまいそうだ。
A『君にここを教えたから、今ちょうど、少し溢れてしまったところだよ』
そんな鬼と目を合わせないように、彼女は足元を見て、その口からは言葉が零れ落ちる。
A『欲望を喰らって、私を助けて』
強く脈を打つように、また欲望が膨張する。
堪えきれなくなった欲望が弾け散って、
雨のように鬼へと降り注ぐ。
狐の嫁入りを浴びるような気持ちだった。
奇妙で、温かいものだった。
もう、いつぶりなのか全く思い出せない。
思い焦がれた欲に鬼は貪りつく。
瞬時に力へと変換されていく。
鬼はいつもより世界が細かく静かに見える気がした。
普段は見えないもう一段階小さな粒子を捉えられる。
そういう気分だ。
その耳が、粒子の乱れを感じ取る。
Aの姿がない。
A『足りない?』
いつ地面を蹴ったのか、彼女の声が背後からする。
これだけの欲望を貰っても、彼女にはまだ届かない。
鬼〈ああ、足りない〉
欲深いのは、鬼の方であった。
もしかしたら彼女という鬼に喰われる時が来るかもしれないと独りごちる。
ただそれは今じゃない。
なら欲に正直に生きよう。
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作者名:アルカーヌ | 作成日時:2021年9月24日 21時