liechtenstein #1 (夏) ページ3
「庭のお花が綺麗に咲きましたの。よければ見にいらしてくださいまし」
受話器から響いた細く澄んだ声。電話越しというのもあり、普段より僅かに濁った声音だが、ゆったりとした口調から、彼女の穏やかな雰囲気が伝わってくる。
『遊びに来たよ』
言われた通り彼女の下へ訪れると、傍から見ても分かりやすい程に表情を明るくさせた。こっちへ来てください、と案内をする白い手が私を庭まで導いてくれる。気分が高まっているのかな。彼女が触れてくるなんて、珍しい。
綺麗でしょう。いつもより高い声で微笑んだ。辿り着いた先には丁寧に育まれたであろう多彩な色をした花たちが、幾つも咲き誇っている。
「折角ですので、何本か差し上げます」
『え、いいよ。大事に育てたんでしょ？』
「だから受け取って欲しいのです」
そう言った彼女の表情には、見惚れてしまうような花が咲いた。あくまて比喩表現にすぎないが、表情以前に、姿がまるで花みたいだ。綺麗で、儚くて、か弱くて、上品で、まさに女の子の理想像。
流石に何本も貰うのは気が引けるので、一本だけ頂こう。束になる程渡したかったらしいが、私は気持ちだけで十分だ。
たった一輪の花。なんだか特別なものを感じたのか、私は玩具を貰った子供のように、小さく、その一輪を握りしめた。
✽ ✽ ✽ ✽ ✽
「空に虹が掛かってますの」
『おー、見たかったなあ……』
「カップケーキを作りましたの」
『食べに行っていい？』
「刺繍でお洋服を作ってみましたの」
『器用だね。今度見せてよ』
家の電話がなる度に、浮ついた足取りで受話器の下へ駆け付ける。
以前貰った一輪の花も、大事にして飾ってるよと伝えると、笑みを溢したのが電話越しでも気が付いた。
兄の後を付いて来る妹のようで微笑ましい。彼女の身の回りで起きたことや、それに対しての心情を、一つ一つ丁寧に伝えてくれる様が、私には可愛く思えて仕方ない。
私にも妹がいればこうだったのだろうか。
今までにない存在に、電話の呼び出し音がなる度飛び跳ねるものは果たして友情であるのか、それとも彼女に向けるのは姉弟愛のようなものなのか、今はまだよく分からない。
ただ少し、彼女は私の妹ではないから、どんなに愛おしさが増してしまっても、そう簡単に抱きしめられないことが、ほんの少しだけ残念だった。
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