ふたつ、ふたり、ゆれる髪。【創作百合】【短編集】 (ページ3)

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彼女——梨々花の姿を目にした美玲は、そっとその顔を綻ばせた。
人知れず美しい花を咲かせる、公園の小花のように。そう、それは、誰も気がつかないほど小さな尊い開花だった。

チャイムの音と共に席へと散っていく生徒の中、そのちいさな花を見つけた幸運な者がひとり。
それこそ、春沢梨々花だった。

梨々花は人から愛されることに貪欲である。
よく言えば名女優、悪く言えばぶりっ子といったところだろうか。つまるところ梨々花は演技に長けているのだ。そして、自らのその才能を生かす術を知っている。
ぶりっ子といっても、梨々花の場合のそれは、漫画の中に出てくる悪役ポジションのような男子に媚を売るものではない。あくまで梨々花は人から、老若男女問わず万人から愛されたいのだ。

そんな梨々花だったが、高校生になるまでに恋人らしい恋人ができたことはない。
告白された回数はそこら辺の大人の人生三回分くらいあったけれど、梨々花がその告白に応じたことは一度もなかった。

梨々花にとって初めてできた恋人、それが、教室の片隅で静かに読書に勤しむ浅野美玲その人である。

華美さを削ぎ落とした、女子高生が着けるにははっきり言って地味すぎる細フレームのメガネ。胸元のリボンに柔らかく掛かる、ふたつに結われた黒髪。シャッターを切られたときみたいに眩しい、白い肌。ふくらはぎを覆う紺色のハイソックス。
教室の中心列、その後方の梨々花の席からは、美玲の姿がとてもよく見える。

梨々花は、美玲のことを心底好いていた。

退屈な授業を聞き流しながら、梨々花はこっそりと机の下でメッセージアプリを起動した。一番上にある「浅野美玲」の文字をタップすると、つい今朝方のなんてことないやり取りが顔を覗かせる。
「おはよう」「おはよ〜」「今日は一緒に帰れそう？」「もちろん！」
そんな五分にも満たない会話ですら、梨々花の素晴らしい一日の始まりを彩るには充分なのだった。

『あさの、好きだよ』

そう送ろうとして、一瞬指が躊躇う。
梨々花にとって退屈すぎる日本史の授業と、そのメッセージがあまりにも不釣り合いだからというだけの理由ではない。
好き、という特別な言葉を今使ってしまうことに、ひどく勿体なさを感じたからだ。

チョークの音で鼓膜を揺すりながら梨々花は、好きだよ、の四文字をゆっくりと消していく。

『あさの、帰りにカフェ寄ろうよ』

数分後に教師が板書したタイミングで美玲から送られた返信には、『じゃあ私ココアで』というなんとも美玲らしい言葉があった。