79.どきっ ページ29
貴方.
『……え？』
ふわっふわの茶髪が、頬に触れてくすぐったい。
相変わらず人の出入りが激しい我がグループの楽屋だけど、ふとした瞬間に慧と二人きりになった。それ自体はよくあることなんだけど……いつも通り隣に座っていただけなのに、突然ぎゅっと抱き締められたのだ。
誰に？……いや慧しかいないな。ほんのり甘い匂いも、ちゃんと慧だ。
『なに、どうしたの？大丈夫？』
伊「ん〜……」
『……疲れてるの？』
伊「まあ……」
随分と歯切れの悪い返事だけど、
そりゃそうか……主演ドラマを抱えているだけで、毎日どれほど忙しいことか。そこは理解しているつもりだったけど、週一で早起きしているんだから、余計に疲れるよね。寝れてなかったりして。
片手で背中をさすって、もう片方の手で頭を撫でてみたり。こんなことで癒されるのかは分からないけど、人肌が恋しくなるときってあるよね……
伊「……Aさぁ」
『ん〜？』
伊「勝手に抱きついた俺がいうのもあれだけど……こんな簡単に受け入れて良いの？」
『……まあ、確かに』
密室に二人っきり。普通なら警戒すべきシチュエーションなんだろうけど、相手がメンバーとなると話は別なわけで。
信頼してるからとか、幼馴染みみたいなものだからとか、そういうことじゃないのも分かる。何かあったときに、それらは言い訳にならないから……自己防衛が大切というわけだ。
『何かあったら、慧のことなんて蹴ってでも逃げるから』
伊「……あはは、それは怖い」
『蹴られたくなかったら大人しくすることだね』
「そうしまぁす」と笑った慧は、また一段と私に体重をかけた。……軽いけど、簡単に押し返せなさそうなのは、やっぱり男の人だから？
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