第五十一話【忘れていた感情】 ページ31
ポタッ......
墓跡に触れていた手に水滴が落ちたのを感じた。雨が降ってきたのかと思ったが、上空を見上げても、雲一つない青空があった。雨など降る筈がない。
ポタッ......
また、手に水滴が落ちた。同時に水滴が頬をつたっているのを感じた。違う......雨ではない。私の目から涙が流れていた。私は自分が気づかないまま泣いていた。
何故泣いているかわからなかった。しかし、涙が止まるよりも先に、ずっと昔に忘れていた感情が胸の奥から湧き上がってくるような気がした。忘れていた感情......それは「哀しみ」だった。
ずっと側にいて欲しかったのに、ずっといられると思っていたのに、それがある日を境にしていなくなってしまった喪失感が胸を締め付けていた。
この感情をどうして忘れていたのだろう。いつから忘れていたのだろう。私自身、本当はずっと泣きたかったのだと思う。でも、無理にその感情を押し殺 さなければ、この世界では生き残れなかった。泣いても亡くなった者達は戻らない。だから、私はいつしか泣く事を止めた。
私は涙を手でぬぐい、顔を上げた。目の前には静かに墓石が佇んでいた。
彼はあの時終わるべき人間ではない。私なら彼の結末を変えられるのだろうか......彼女ができなかった事を私なら......
今まで誰が生きていようと興味がなかったのに......自分でも驚くべき変わりようだ。しかし、未来を知ってしまったからこそ、自分が何とかしなければという気持ちが芽生えていた。これは私にしかできない。
ただし、私がこれから行う行為は、世界を変えるにも等しい。本来の流れを逸脱し、逆らう。それには危険性と代償が伴う筈だ。例えもし、その代償が私の命であっても、覚悟はできている。
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作者名:トキハル | 作成日時:2019年11月17日 14時