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今年に入って、スマホを一台買い足した。
目覚まし代わりの、ホットライン代わり。
『リアタイしたところで情報は変わらないんだが』
と笑われたけど、ただでさえ余裕の残量削られてるんだから、この位は許されるはず。
うまくその場で捕まえられたら、声も聴けるし。
いつも通りの朝6時。年末も近づいた東京では一番夜が長い季節、外はまだ真っ暗だ。
LINEの通知音と同時に、ばちっと目が覚める。
反射的に腕を伸ばし、半ば手探りで画面を開く。うー、手が寒。
ぼやけて見える画面に
『お疲れ俺 おはよう山本』
いつも通りの、定型文。
『おはよう須貝さん、お疲れ様』
返す言葉も、定型文。
返信から間もなく、いつものように呼び出し音が響く。
耳に当てたスマホの向こう側、時差13時間を越えて、いつもの声。
「おはよ、山本」
「お疲れ様、須貝さん」
「寝てた？」
「まあまあ、割と」
「割とって、何？」
去年の秋、須貝さんは、急にこの会社を離れることになった。
ずっと彼が望んでいたボストンでの研究ポストを手に入れて、形ばかりの籍を会社に残したまま。
彼が入社してから、表にはほとんど見せなかった壮絶な努力の末に、自力で未来への切符を
もぎ取るまでの全てを、僕はずっと、一番近くて遠い場所から眺めていた。
日本を離れる日、空港には見送りに行かなかったけど、前の日須貝さんの最後の言葉は
「眼鏡、ちゃんと使ってな」
の一言だけ。
僕の方も、あんまり言うこともなかったから、別れ際で長めに手を振って。
いつもより顔に力を入れて、大人らしくきちんと笑った。
彼が旅立った後のQuizKnockは、動画のボリュームが幾分静かになり、主に年長組のささやかな遅刻がちょっとだけ増え、会議はいつも通りだけど、ホワイトボードが前より長持ちするようになった。
「須貝さんがいないとねえ、ベンチャー企業のミーティングってよりは、老人会の寄り合いというか」
「インターネット老人会ね」
「しゃーねえわ。須貝さん、海の向こうにお宝探しにいっちまったしよー」
「グランドライン？ ……元気にしてるかなあ」
「いやもう絶対元気でしょ。船どころか、もうぐわっしゃぐわっしゃ泳いでるよ例のバタフライで」
初期メンバーが揃う会議の冒頭は、ひとしきりここにいない須貝さんを弄る時間になった。
この時間の僕は、できるだけ賑やかに笑う。
時々送られてくる現地からの動画の編集も、僕の仕事。
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作者名：しまむら | 作成日時：2021年7月10日 10時
