借りてきたサングラス ページ19
撮影のない、とある平日のこと。
本来誰もいない筈の撮影用スペースだが、広くて人がいなくてソファの座り心地が最高で、とすこぶる居心地のいい場所故、大抵は誰かがいる。別に立ち入り禁止というわけではないので、がやがやするオフィスから避難してきてここで仕事をしたり、遊んだり、さぼったり。複数人で雑談やゲームが盛り上がったら、そのままサブチャンネルの撮影に入ることもあったりする。
今日のこのソファの主は、2048でひたすら新記録を目指す男。無論、勤務時間です。
5桁への道筋が漸く見えてきて、福良の口元が僅かに綻びかけた時、割と大きな音を立てて入り口のドアが開いた。
「ドアは静かに開けなよ須貝さん」
入口の方を見もせずに、学校の先生みたいなことを言いながら、画面に触れないように一旦スマホを少し離れたところに置く。こういうのは一人じゃないと集中できない。
「福良さん、眼鏡余ってない？」
入室一番、開口二番。今日も須貝の声は良く響く。
何もない時は穏やかな表情をしていることが多いのに、今日の須貝は真顔だ。
つまり、何かを考えているか、何かに腹を立てているか。福良はそう推測した。
「眼鏡？ さすがに一つしかかけてないよ？」
「知ってる。あのー、前に撮影に使ってたパリピのやつ、あれって福良さんの私物でしょ。持って帰っちゃった？」
質問しながら、ソファの後ろのごちゃっとした棚や、カメラから外れる脇に諸々積み上げてある場所を目で探している。
「ああアレなら持って帰ってはいないから、どっかにあるんじゃないかな。多分この部屋のどっか」
「借りていい？ てか貸して下さい」
「いいけど、須貝さんがかけるの？」
「いや、罰ゲームに使う」
棚の死角に雑に置かれていた〇ッキー型のチープなサングラスを手に取って、
「じゃ、お借りしまーす。……あ、ねえ福良君」
部屋を出かけて、思い出したように須貝は立ち止まる。
「福良君て、今伊達眼鏡だよね」
「うん」
「それってどこで買えるん？」
「え、度が要らないならどこでも買えるんじゃない。俺のは一応、ちゃんとレンズ入れる用のフレームだけど。あんまり安っぽいと映る時困るから」
「なるほど了解。ありがとね」
部屋を出る時も、さっきと同じくらいうるさい。
須貝さんも、顔晒して道歩くのが辛くなってきたのかなあ。
ドアの向こうに消える背中を何となく見送った後、福良は再びスマホを手に取った。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 82人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：しまむら | 作成日時：2021年7月10日 10時
