優しい嘘の境界線 (ページ26)

今日:25 hit、昨日:13 hit、合計:16,823 hit

２６ページ26

　
　
　
店を出てすぐの浜辺をのんびり歩いた。
砂に足を取られて思うように進めない。
そんな私の足取りに合わせて、彼はゆっくりと歩いてくれた。
海へ行くと聞いていたのでぺたんこなパンプスを履いてきたのだが、隙間から砂が入り込んできてしまう。
そんな不快感に耐え続けるなら一層のこと脱いでしまえと裸足になると、彼は「大胆だね」と笑った。
そして彼もスニーカーと靴下を脱ぎ、同じく裸足になった。

足が汚れるのは百も承知。
脱いでしまえば諦めもつく。
だから私たちは躊躇いもなく波打ち際へと足を沈めた。
足の裏の湿った感触。
小刻みに押し寄せる波の冷たさ。

スカートだけは濡れないように裾を捲る。
時折訪れる予想よりも大きな波に大きな声を出しながら浜辺へと逃げるその光景は、思い描いている理想の海デートそのもので。
逃げ遅れた彼のふくらはぎは見事に濡れ、裾を折っていたとはいえデニムが海水で変色している様子に「最悪だ」と口はそう告げるけれど、その目は楽しそうに弧を描いているので私はホッと胸を撫で下ろす。

その後は潮風に誘われ目的もなくしばらく歩き、互いになんとなく、座れそうな場所を見つけて腰を下ろした。
波の音を背景に、遠くの青をぼうっと見つめて。
初夏の日差しが眩しい程に二人を照らすけれど、そんなのも気にならないくらい、“彼の隣”という特等席の居心地が良くて、そして無性に甘えたくなって、彼の腕に身を委ねた。

「疲れちゃった？」
「ううん、全然。なんか、こうしたい気分」
「珍しいね。でも嬉しいよ」

そっか、嬉しいんだ。
彼は何でも受け入れてくれて優しいけれど、彼が何を思っているのかがよくわからない。
だから今、こんな風に言葉にしてくれて、知ることができた。

「ジンくんは嫌じゃないの？」
「嫌って何が？」
「私、いつもワガママばっかりだから」
「え？そんなこと言ってたっけ。言われたことないけど」
「嘘だ」
「Aちゃんが俺のこと好きなんだろうなって。可愛いなとか嬉しいな、とは思ってたよ。もっと甘えて欲しいな」
「なにそれ、」

あんなに困らせてばかりなのに。
それが本心なのか、優しさなのかはわからないけれど。

好きの気持ちが募っていく。
募りすぎて、おかしくなりそうだ。

じんわりと汗ばむ彼の腕に手を重ねぎゅうっと力を込めれば、彼の手のひらが私の頭をそっと撫でた後、腰へと降りてくる。
まるでその手は全てを肯定してくれるかのように、優しく包み込むのであった。