優しい嘘の境界線 (ページ13)

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公衆の面前で交際宣言をしてからというもの、そこからの記憶がほとんどない。
イルカショーやら夕暮れに港を散歩してみたり、どれも地に足つかず上の空で、あっという間に時が過ぎていった。
夕ご飯を食べ家まで送ってもらった後、勇気を出して部屋に誘った。
深い意味はない。
ただデートが終わってしまうのが寂しかっただけ。

ソファで待つ彼にコーヒーを淹れ、少し隙間を空けて隣へ座った。
まだ、恋人という実感がない。
むしろあの告白の前よりもよそよそしくなっている自覚もある。
美しい横顔を見つめて、この人が“私の彼氏”だなんて考えるだけで、ドクンと激しく心臓が鳴る。
そして全身に心地よい緊張感が走り、思考を停止させるのだ。

「そんなに見つめられたら穴があいちゃいそうだよ」

ふふふと吐き出しながら流れてきた視線に掴まり、私はまた瞳の奥をハート形に揺らしたことだろう。

「ご、ごめん。見すぎちゃった？」
「ううん。嘘、もっと見てていいよ。俺も見るから」
「それは、ちょっと」
「ダメなの？」
「ダメ、じゃないけど、心臓が、」

不思議なもので、あれだけ彼に惚れ込んでいた片想いの時よりも、付き合い始めた今の方がもっと“好き”で溢れている。
好きになってもらいたいと必死になっていたあの時より、心に余裕が出来たからだろうか、感情が高ぶり抑えが効かなくなっているのだ。

「ってかジンくん、近くない？」
「そう？」

ひとりであれこれ考えている間に、気づけば申し訳程度に空けられていた隙間が詰められていて。
至近距離で見つめ返されていた。
その距離、数センチメートル。

「いいでしょ、付き合ってるんだから」

ああ、どうしたことだろう。
ジンくんが光を纏って見える。
少女漫画みたいにキラキラして見えるのは、恋の魔法なのだろうか。

「そう、だね」

小さく絞り出された私の声と、恥じらいの為にゆっくりと俯いていく顔。
それでも彼のことを見つめていたくて、チラリと視線だけで彼を見遣れば、優しい瞳で包み込んでいた。

どうして私なんかを好きになってくれたんだろうとか。
本当に私でいいのだろうかとか。
不安は限りなく湧いて出てくるけれど、

「照れてるAちゃん、すっごく可愛い」
「え？や、あんまり見ないで！」
「耳まで真っ赤」

そう言って耳に触れた指先が、ひんやりと冷たくて。
彼の視線が、彼の声がこんなにもあたたかいから、
ときめくばかりに大忙しで、そんな不安も忘れられる気がした。