優しい嘘の境界線 (ページ2)

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会議室利用の終了時刻十分前に電話でお知らせをして、定刻を過ぎる少し前、見知ったあの人が受付の前を通り過ぎていった。
少しだけ、否、かなり期待していたのだと思う。
また彼と話せると、話しかけてくれると、そんな気がしていた。
でも彼は足早に目の前を過ぎていった。
スマホを耳に当て、どこかに電話しているかのような。

お互い仕事中なのだから仕方がないとも思うけれど、“それじゃあ次っていつ？”そんな疑問が胸を詰まらせる。
エントランスから正面玄関へ向かう神宮寺さんの後ろ姿。
グレーのスーツにダークブラウンの靴。
長めの前髪が揺れているのが後ろからでもわかる。
彼は今電話中だ。
話しかける雰囲気じゃない。
でも、今を逃してしまったら次は来ないのではないかと焦りが出て、彼の名前が喉元まで上がってきたその刹那、

彼が、くるりと振り返った。
電話をしながら、ゆっくりと視線がこちらへと向けられる。
美しい横顔、そしてその美しい顔が全て姿を現せば、ニコリと口元が弧を描く。
瞬間、視線が重なる。
ドキリと心臓が鳴った。

「その方向で進めてください。はい、失礼します」

彼がスマホを耳から離せば、
カツカツカツと小気味いい靴音が空間を響かせた。
そして彼は受付の前で足を止める。

「電話してたら通り過ぎちゃった」

困ったみたいに笑う彼。
それでも次の瞬間にはもう、あの優しい笑顔に戻っていて。

「あんまり時間ないからゆっくりは話せないんだけど、でもせっかくAちゃんと再会できたからね」
「驚きました」
「そうだね。俺も居たらいいなとは思ってたけど、まさか本当に会えるとは思ってなかった」
「会えて嬉しいです」
「うん。俺も嬉しい」

笑顔を浮かべながらも時計の存在を気にする様子に、先程述べた“時間ない”という言葉の重みがのしかかる。
これ以上足止めさせてはいけない。
でも、このままで終わりたくない。

周辺をチラリと見遣り人が居ないことを確認する。
お昼休みのおかげでみんな外や休憩室へ出払っている。
言うなら今だ。
恥ずかしいだなんて躊躇っている場合じゃない。

「あの、神宮寺さん！」

またねの続きを始めたいから。

「連絡先、教えてくれませんか」

緊張で、声が掠れた。
そして言ったはいいけれど、恥ずかしさのあまり顔を直視できない。
でも彼が、

「もちろん」

優しい声で応えてくれたから。

「俺も聞こうと思ってた」

瞳に光を宿し、あなたを見つめることが出来たのだった。