ＪＩＮ＊ルート３ ページ26
「顔色も戻ってきたし本当はまた乾杯したいところなんだけど、念のためお酒は控えて。夜のティータイム、しませんか？」
神宮寺さんからの突然のお誘いに頷くと、彼は内線電話を手に取った。
「例のやつ、お願いします」
例のとは？と尋ねてみようか迷っている間に、ホテルの客室係の方がアンティーク調のサービスワゴンを押して入ってきた。
慣れた手付きでテーブールに並べられたのは、色とりどりのスイーツたち。
定番のショートケーキやチーズケーキ、フルーツタルトにミルクレープ、ザッハトルテとモンブラン。
ケーキ以外にも小さなグラスに入ったゼリーなどのスイーツや焼菓子なども充実していて、まるでスイーツビュッフェだなんて自然と瞳が輝く。
そしてその場で淹れてくれた紅茶のカップからは、ダージリンのいい香りが漂ってきて、待っている間、既に幸せな気持ちでいっぱいになった。
お茶の準備が整うと、お辞儀をして去っていくスタッフさん。
その背中を見送ったあと、
「好きなだけ食べてね」
と、彼が微笑む。
そう言う彼も、甘いものが好きなのか、あるいは私が食べやすいように自ら手に取ったのか、手前のチーズケーキをフォークで掬い、口にした。
贅沢に並ぶスイーツたちに目を奪われ、遠慮という文字を忘れてしまったかのように私もフルーツタルトを手に取った。
フルーツの香りと酸味、カスタードクリームの甘味、そしてタルトのサクッとした食感が絶妙で。
「美味しいー！」
無意識に、弾んだ声を上げていた。
「美味しいね。そんな顔してもらえるなら用意した甲斐があるよ」
「お恥ずかしいです」
つい、うっかり、はしゃいでしまった。
目の前に座る神宮寺さんは、上品かつ穏やかに食べているというのに。
「このホテルの二階にお店があるからいつでも買えるんだって」
「そうなんですね。美味しいから買いに来ちゃうかも」
「ここで結婚式するとその店でケーキ作ってくれるらしいよ」
「ウエディングケーキ？」
「うん、そう」
“結婚”
つい数時間まで我が身に降りかかっていたはずなのに、やはりとても他人事で。
加えてその言葉を想像した時に、ポンと脳内へ浮かんできたのは、
「ん？どうかした？」
タキシード姿の神宮寺さんだった。
黒いタキシードを着こなしているからだろう。
今、目の前にいるからだろう。
ただ、それだけ。
「なんでもないです」
あり得ない。
思い浮かべる想像があり得なさすぎて、乾いた笑いも起きなかった。
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作者名：ルリ | 作成日時：2022年3月8日 15時
