懐古・あの面影 ♯ ページ11
オビside
遠くで扉の閉まる音が聞こえる。
木の香がフワッと横切り、少しの沈黙が辺りを包んだ。
俺は両手を頭の後ろで組み、軽く息をつきながら口を開く。
「行っちゃったねぇ」
そう言いながら笑うと、お嬢さんも口を開いた。
「うん……でも、一歩前進じゃないかな？」
お嬢さんは嬉しそうに微笑んだ。
その視線はさっきまでAがいた場所に向けられている。
するとお嬢さんはさっきの本の近くをさまよい始めた。
おそらくあの本を探しているのだろう。
俺は少しだけ微笑むと、さっきの本を手に取る。
「お探し物はこれですか？」
そう言いながら本を差し出すと、お嬢さんは「そう！ありがとう！」と言い、それを受け取った。
表紙をじっくり見たあと、本の平を見ている。
おそらく作者を調べているのだろう。
さっきのことがよほど嬉しかったのだろう。
今にも鼻歌が流れてきそうだ。
俺は脳裏にあいつの見せた表情を浮かべる。
『この作者さん、好きなんですよ』
そう言った時、確かに笑っていた。
作り物の笑顔じゃなくて、心からの笑顔。
感情を一切見せていなかったAが笑ってくれて、お嬢さんは本当に嬉しそうにしている。
「良かったですね」
「うん。オビもね」
お嬢さんはそう言うと、俺に向かってニコッと微笑んだ。
思わぬ言葉に驚きながら、ヘラッと笑い返す。
「俺もかい？」
「もちろん！オビも嬉しそうな顔してるよ」
「そうですか？」
「うん」
…………もし
もし、俺も今笑っているのなら
それはきっと、お嬢さんの嬉しそうな笑顔につられたのだろう
でも、笑顔は昔と変わってなかった
あいつの笑顔は……なんというか、少し下手くそだ。
主やお嬢さん、ミツヒデさんみたいに口を開けてニコッと笑わない。
木々嬢みたいに綺麗に大人っぽく微笑まない。
少し舌唇を噛んだ後、白い歯を僅かに見せながら笑う。
効果音をつけるなら“ふにゃ”っと笑う。
シワを作りながら、不器用に。
あの頃と今のあいつの笑顔を重ねながら、俺は「行きましょうか」と言った。
お嬢さんは本を戻し「そうだね」と言い、ニコッと微笑む。
二つの足音を響かせながら、どこか懐かしい気持ちに浸っていた。
俺とお嬢さんがいなくなった場所に、月の光が差し込んでいた。
…………もしこの時動いた気配に気づいていれば
ふにゃっと笑うアイツにあんな思いをさせなくてすんだかもしれない事を
この時の俺はまだ知らない
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あずさ(プロフ) - 初めまして、こちらの作品を読ませて頂きましたがとても面白かったです！更新待ってます！ (2019年11月24日 1時) (
レス) id: 229f07ca39 (このIDを非表示/違反報告)
鴇(プロフ) - 美桜さん» コメントありがとうございます！待たせてしまって本当にごめんなさい…もっと楽しんでいただけるように、頑張ります！！ (2019年4月4日 9時) (レス) id: 90452de994 (このIDを非表示/違反報告)
美桜(プロフ) - 更新ありがとうございます！とても楽しみにしていたので嬉しいです！！応援しているので、頑張ってください！ (2019年4月4日 1時) (レス) id: f0f7b45004 (このIDを非表示/違反報告)
鴇(プロフ) - 新世界のゴリラ五世さん» コメントありがとうございます！とても長い間更新停止してしまい、本当に申し訳ないです…これから再開するので、再びこの作品を楽しんでいってください…！ (2019年4月1日 19時) (レス) id: 90452de994 (このIDを非表示/違反報告)
新世界のゴリラ五世 - 待ってました！！ (2019年4月1日 18時) (レス) id: 86fafd0b97 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：鴇 | 作成日時：2018年7月9日 0時
