粟田口の姉 (ページ26)

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二十一話白雪side ページ26

「こんなものしかありませんが……」

どうぞ、とそっと部屋に備え付けの湯沸し器と置いてある急須で淹れたお茶を彼の前へ出す。そして何か話があるのだろう弟をじ……と見つめる。

彼は落ち着きなく目線を彷徨わせて最終的にお茶をじっと見つめ始めた。

……き、気まずい！

何か用があって来たんじゃないの？え？どうしたらいいの？静かに慌てることしかできない不甲斐ない姉でごめんよ……

「……あのさ、ゆき姉」

一人でテンパる私をよそに、弟は僅かに不安そうに、でも何か決意したように話しかけてくる。

「俺のこと、覚えてるか？」

「織田で、一緒に過ごしたんだ。ゆき姉と、少しの間だけ」

「……？」

私織田の所になんていたっけ。

そんな記憶ない。でも、弟が嘘を言うわけが無い。でも、覚えてない。

私、記憶が無いの？

「……ごめんなさい、覚えてない」

とんでもない事実に頭が真っ白になりながら答えると、弟は悲しそうに笑った。

「……そうか」

折角勇気だして来てくれただろう弟は、悲しそうな笑顔のまま隣に座る私の手を優しく握ってきた。手袋をしていたけれど、しっかりした手だった。

弟とは言え短刀の中では随分大人びて見える彼は、もしかしたら他の弟達から頼られる存在なのかもしれない。

「まあ覚えてないなら仕方ないさ。いち兄だって鯰尾だって骨喰だって記憶が無いしな」

切り替えの早いらしい弟は、仕方ないと笑って許してくれた。でもその笑顔は随分と無理しているように感じられて、やっぱり私は酷い姉だと思った。

弟は覚えてないなら自己紹介だな、と言った。

「薬研藤四郎だ。よろしくな、ゆき姉」

色んな感情を押し込めて、それでも私が困らないように笑ってくれる薬研に、どうしようもなく謝りたくて、思わず薬研を抱き締める。

「薬研、ごめんなさい、薬研……」

私、貴方との思い出が何一つないの。

一期とも仲直りできない不甲斐ないお姉ちゃんなの。

「そんな顔させて、ごめんなさい」

弟より先に泣くのはなけなしのプライドが許さないので我慢しているけど、とっても泣きそうなので声が震えてしまった。

顔は見えなかったけど、薬研は驚いたようで耳元で息を飲む音がした。

「でも今日薬研が来てくれてとても嬉しかった」

これからよろしくね、と笑いかけると、弟は嬉しそうに笑ってくれた。