普通の定義 ページ32
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水神矢に手招きをされて、厨房の中へと足を踏み入れたA。彼女が調理台で目にしたものは、お皿の上に可愛らしく盛り付けられている小さな握り飯だった。
それもただの握り飯ではなく、海苔で上手くアレンジされたペンギンの顔。所謂キャラ弁だ。
｢かわいい…！これ、水神矢くんが？｣
｢あぁ｣
｢でもどうしてペンギン？｣
｢灰崎が好きなんだ｣
どうだろうか？と、顎に手を当て問いかける水神矢。差し入れの相手は灰崎であることが分かり、謎は解けた。｢いいんじゃないかな？｣器用な水神矢に感心する一方で、Aはその姿を見て苦笑した。
｢なんだか水神矢くん、灰崎君のお母さんみたいね｣
｢お母さん？｣
思ったことを、ぽろりと口にする。すると、釜からご飯をよそっていた水神矢の手が止まった。・・・が、それも一瞬ですぐに手の動きを再開すると｢それはごめんだな｣との返事がかえってくる。
｢(とかなんとか言っても、嬉しそうだけど)｣
綺麗に整った端正な横顔を見つめながら、Aは頬を緩ませて言葉を心にしまう。
｢前から思ってたけど、水神矢くんって器用よね｣
｢そうか？｣
｢中々いないわよ？料理ができる中学生男子なんて｣
｢普通に本を見ながらやれば、誰でも簡単にできるぞ｣
時折、水神矢の普通の基準が分からなくなる時がある。今がまさにその瞬間だと彼女は思う。いつだったか、星章選手である佐曽塚に｢アイツ変なところで天然だからな〜｣と話していたのをA思い出す。
｢(天然、なのかな？)｣
｢よかったら日暮も一緒にどうだ？｣
握り飯が増えていくのを隣で眺めていると、水神矢から突然そんなことを言われる。｢え？｣そう聞き返して顔を横に向けると、水神矢の綺麗な顔が間近にまで迫っており、Aは思わず数歩後ろに飛び退く。
｢日暮？｣
｢いや、あの……なんでもない｣
こてん、と小首を傾げる水神矢。やはり彼は天然である、とAは確信した。たとえその気がなくとも、異性の顔が互いの鼻先に触れ合いそうなほど縮められていたら、誰だって心臓に悪いはずだ。
｢お誘いは嬉しいけど、もうほとんど出来上がってるし私が手伝ってもあんまり意味ないわよ？それに、キャラ弁とか難易度高いもの作ったことないし｣
彼女の言うように、皿の上には先程よりも既に多くの(ペンギン)おにぎりが作り上げられている。
いくら器用なAとはいえ、いきなりキャラ弁を見よう見まねで作れと言われても無理があるだろう。
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年10月15日 21時
