先行き ページ31
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監督に隣町までおつかいを頼まれたAは、ヒロトと灰崎を引き連れて旅客電車に乗り合わせていた。世界遺産大国と言われるだけのことはあり、電車には様々な国の人々が乗車している。
｢なんであんたと買い出しになんか｣
｢それはこっちのセリフだっつーの｣
｢ならついてこなくていいから帰って｣
｢今更帰れるわけねぇだろ｣
車窓を通り過ぎていく見慣れない街のたたずまいが、映画のなかの風景のように細部まで生きいきと際立って見える中、Aとヒロトは相も変わらず仏頂面で不満の声を口にしていた。
｢もっと右寄って｣
｢寄ってるだろ右に！お前こそ左に寄れよ｣
｢寄ってるわよ！｣
座席の端っこに、ちょこんと座るA。
互いの肩が少しでも触れると、虫の居所が悪い二人はすぐにまた諍いを始める。出発してからずっとこの調子だ。同行している灰崎は他人のフリをするかの如く、スマホを弄ることに集中している。
｢それより何かあったらちゃんと守りなさいよ？…ま、あてになんかしてないけど｣
手すりに肘をつき、Aは口じりにむごたらしい皮肉な微笑をたたえた。それはヒロトの気先をさえ折るには充分なほどの皮肉さだ。
｢それはないだろ。むしろお前の方が俺らのボディーガードになるんじゃねーか？｣
しかし、ヒロトも負けじと言い返した。歪んだ笑いを頬に浮かべたまま、静かに両目を閉じる。
｢どういう意味よ｣
癇に障るその言い方に、Aは気に食わないと横目で睨みつける。その視線に物怖じせずヒロトは海賊のように片目を開けると、言葉を紡ぐ。
｢お前の腕力があれば、相手もビビって逃げちまうってことだよ。この怪力ゴリラ女｣
Aの右肘が、ヒロトの横腹を容赦なく突く。格闘技などでも使われる肘打ち(エルボー)だ。不意打ちを食らったヒロトは痛みに呻き、脇腹を押さえながら、Aを睨みつける。
｢そういうとこが可愛くねえって言ってんだよ！｣
｢あんたに可愛いとか思われたくないから結構！｣
｢…っこのブス！｣
｢なによ不良！｣
人目を憚らず繰り広げられる二人の口論は、静まるどころか加熱さを増してゆく。
迷惑極まりないという顔で旅行客達が、痛いほどの視線を送るが、口論に夢中の彼らはまるで気づかない。気づく様子も見せない。これではいい晒し者だ。同行している灰崎が不憫でならない。
(ヒロトのバカ)
(バカはお前だ、バーカ)
(バカって言う方がバカなのよ)
(ならそのバカに言われるお前は大馬鹿者だな)
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年9月18日 14時
