怪我 ページ11
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｢ポジションに戻れ｣
転がったボールを片手で掴みあげ、俯くAを睨みおろしながら冷たく突き放しても、彼女はその場を一歩たりとも動く気配を見せない。すると暫くして、小刻みに震える唇がゆっくりと開かれる。
｢さっきの技で怪我したでしょ｣
｢何のことだ｣
｢とぼけても無駄よ。ちゃんと見てたから｣
｢……だったらなんだ｣
隠す必要はもうないと感じたのだろう。開き直った西蔭が、後ろ背に隠していた右手と左手でボールをしっかりと掴むと｢やっぱり…｣傷の具合を一目見たAが静かに呟いた。
｢俺がゴールを守ることに変わりはない｣
｢今の西蔭くんじゃ、日本のゴールは守れない｣
｢なんだと？｣
分厚いグローブが破け、剥き出しになった手の甲は痛々しく腫れ上がっている。このまま続行するつもりでいる西蔭に、Aは厳しい苦言を呈した。
しかしそれが癇に障ったのだろう……ただでさえ彼女に嫌悪感を抱いている西蔭は顔を顰めていく。
｢早く手当てを受けた方がいい｣
｢……余計なお世話だ｣
｢キーパーの控えは、あなた以外に二人もいる｣
｢俺は野坂さんと、このフィールドに立ちたいんだ!!｣
" 野坂さん " Aに背を向けるように体を勢いよく翻し、振り絞るような声で西蔭の口から紡がれたその人物の名前は、彼がもっとも心の底から尊敬し、心酔している野坂悠馬だった。
｢野坂くんが何よ！あんたの手の方が大事でしょ!?｣
ボールを持ったまま俯く西蔭の背中に、Aは負けじと言い返す。チームの中でも随一を誇る屈強な体は、普段よりも一回り、二回りも小さく感じた。
｢つまんない意地なんて張ってないで、早く治療を受けなさい！これからのサッカー人生にもしも影響がでたら、どうす＿＿……｣
｢お前に何がわかる！！｣
しん…と辺りが静まり返った。先程まで騒がしかった歓声が、西蔭の張り裂けんばかりの怒声で鳴り止んだのだ。同時に振り返った彼の｢くっ…！｣と歯を強く食いしばるその姿に、Aは言葉を失った。
｢必殺技の一つも完成していない素人が、スタメンに何度も入っているからといって調子に乗るな！！｣
｢そ、そんなつもりじゃ……！私は、ただ｣
そこまで言いかけると、鋭い眼光を前に怯む。いつしか二人の周りには心配した仲間達が集まっており｢喧嘩か？｣｢大丈夫か？｣などの声が飛び交う。
そんなこともあり、Aはそれ以上何かを言う言葉が見つからず、頭を俯かせて静かに黙り込んだ。
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年9月6日 5時
