危惧の念 ページ9
❀
頭を片手で押さえながらポジションへと戻るアースの背に手を添えて共に歩いていくマリク。遠のくアースの背中に向かってAは掴まれていない片手を伸ばすが、届くはずもない。
「オリオンの狙いは、君でもある」
「…！」
今まで一言も発さずにAの手を掴んでいた野坂が、消え入りそうな声でそう言った。
「頼むからこれ以上…心配さないでくれないか」
その声に、はっとして振り向いたAはそこで初めて野坂の顔を見る。穏やかな表情の裏に湛えられている深い悲痛。瞼には、深い哀愁が篭っている。
「明日人くんが心配なのは分かる。それは僕達も同じだ。だけど……ここで君が迂闊に動いてなにかあれば、悲しむ人もたくさんいることを忘れるな」
恐ろしく厳粛した顔で、野坂は心情を吐露した。
「野坂くん…」
胃を固く締めつけるような不安の念が掴まれた手からAへと伝わる。彼女が神隠しのように宿舎から居なくなってから数日間。無事なのだろうかと 野坂はいつも体のどこかをこわばらせて気にしていた。
「みんな、今は試合に集中しよう…！」
ふと、そんな声が間を突き抜けるように響いた。二人の意識はタッチラインの外側に立ち、ボールを頭の後ろで両手で持っていた基山へと向けられる。だがすぐに視線を戻し、互いの顔を見合わせた。
「今は信じよう、明日人くんを」
「……」
「できるね？」
「うん」
まだ危惧の念が伴わざるを得ないものの、決意を固めて深く頷いたAに、野坂もまた安心したように頷き返して掴んでいた手を解放した。
──日本のスローイングから試合が再開。
ホイッスルと同時にボールは基山からDFの坂野上へと渡られるか、マリクと共に走るアースに気を取られたあまり、簡単にボールを奪われてしまう。
「試合中によそ見なんて、らしくないぞ！」
「すみません…！」
後輩の失態をカバーするように、風丸がすぐさまボールを奪取。ドリブルで上がりながら辺りを見回すも、誰もが優れない迂闊な顔をしていた。アースの存在が日本選手の心を狂わせている証拠だ。
「(氷浦達の動揺が、チーム全体に広がっている)」
現にその不安が、風丸自身にも及んでいる。
「(この状況を打開できるのは……)野坂！」
嫌な汗が頬を伝うのを感じながら、敵にフェイントをかけるような動きを見せた風丸は対局を見ぬき、チームを指揮する司令塔の野坂へとパスを繋ぐ。
(一星くん、突破口を切り開くよ！)
(はい…！)
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年7月16日 12時
