手段 ページ36
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一方……そんな彼女達の話を小耳に挟んでいた野坂は、組んでいた腕を解くと、意を決したような面持ちで静かに灰崎達の元へと歩み寄っていく。
そしてわざと注目を自身に向けさせるかのように、野坂はスパイクを芝生に擦りつけて立ち止まる。
｢三人とも、道を通してあげてくれないか｣
｢ええっ！？｣
｢野坂…？｣
｢正気かよお前！｣
野坂の口から放たれた発言に、衝撃が走る。のりかは虚をつかれたように目を丸めたまま野坂を凝視し、剛陣は理解し兼ねるといった表情で首を傾げている。灰崎に至っては、ルースに向ける威嚇した眼差しで野坂を睨めつけていた。
｢そもそも彼らを敵と知っていながら、監督がそう易々と彼女を引き渡すなんてことはありえない。彼が選手をただ危険に晒すようなことがあれば、それこそ監督生命が危ぶまれてしまうからね｣
納得が行かなさそうに眉を顰める灰崎を見据えながら、野坂は顎に手を添えたまま後ろ目に一瞥をする。相変わらずゲーム励んでいる監督だが、その目は楽しそう(愉快そう)に歪められていた。
｢監督にも何か考えがあるのかもしれない。そうだとしたら、僕達に口出しをする権利はなくなる。心配になる気持ちは分かるけど、今は一旦身を引こう｣
剛陣とのりかは不安そうに顔を見合わせると、納得がいかなさそうな表情で渋々ルースから離れていく。そして最後に残った灰崎を見据えると｢灰崎、お前も…｣剛陣が控えめに手招きをしてそう言った。
｢本当に大丈夫なんだろうな？｣
｢さあ……それは僕にも保証しかねるかな｣
目を伏せ、両肩を竦めてから首を横に振る野坂の態度に灰崎は、気に食わなさそうに舌を鳴らすと、Aを横抱きにしたまま一言も話さないまま佇むルースを睨みつけながら道を開けた。
｢だけど彼女に万が一、なんてことがあれば……その時は僕も手段は選ばないつもりだ｣
日本代表選手達からの鋭い視線を浴びながら、Aを連れて立ち去っていくルースを後ろ目に野坂はゲームを嗜む趙金雲に向かって｢いいですよね｣と保険を取るように確認をした。
｢いいですよ〜 その時の指揮は野坂くんに任せます｣
｢相変わらずふざけた野郎だな…｣
皮肉をたっぷり込めて毒を吐き捨てるが、すっかりゲームに熱中してしまっている監督の耳に届くはずもない。
だんたんと遠のいていくマリクとルースの背中。そしてAの存在に、日本代表選手たちの心には、ぽっかりと"穴"が空いたような空虚感だけが残った。
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年7月16日 12時
