必要性 ページ32
❀
｢お前、何もんだ｣
恫喝するように語気を荒げる灰崎の厳しい声が、突然日本ベンチに現れた黒いバンダナを目に巻き付けたロシア選手に突き刺さる。
｢答えろ!!｣
｢必要性を感じないな｣
｢あぁ!?｣
飢えた獣のように催促をして喉を鳴らす灰崎とは裏腹に、ルースは妙に威厳と落ち着きを加えた声で平然と言った。バンダナで覆われた目からは表情が読み取れず、それが余計に灰崎の癇癪を掻き立てた。
｢てめぇ…｣
｢落ち着け灰崎｣
万作が片腕を横にだして、今にも食いかかりそうな勢いの灰崎を制した。バツが悪そうに顔を顰めてから舌を鳴らす灰崎を横目に、万作が口を開く。
｢何故明日人の姿を偽って、俺たちの前に現れた？｣
｢……｣
｢目的はなんだ？何故ここに来た｣
矢継ぎ早に浴びせられる万作の問いかけにも一切応じず、ルースは口を真一文字にして答えなかった。日本選手からの警戒心がますます強まる中、彼は左手首に装着しているイレブンバンドに目を落とす。
｢悪いけど時間が押しているんだ。答えている暇がない。…それよりも日暮Aはどこにいる｣
｢必要性を感じねぇな？｣
淡々と仕事を熟すビジネスマンのように事を進ませていくルース。辺りを見回してAを見つけ出そうとする彼の前にわざと立ちはだかって妨害したのは灰崎だ。彼は勝ち誇ったような顔で、見下し笑う。
｢…君じゃ話にならない｣
ルースは、はぁ…と小さなため息を吐いてから、肩を竦めてやれやれと首を振る。バカにされたような仕草に、灰崎のこめかみには青筋が浮き立った。
｢てめぇがさっき俺達に言った言葉をそのまんま返してやったんだろうが！文句でもあんのか、あぁ!?｣
｢待ってくださ〜い、灰崎きゅん｣
甘ったるい声を出して、ピリピリとした二人の元に颯爽と現れた監督は、そのまま間へ割って入り、ふくよかな自らの両頬を揉むように触りながら話す。
｢彼のことは私に任せてください｣
軟体動物のようにくねくねと身体を動かした監督に、灰崎は痛いほどの視線を突き刺した。そんな軽蔑したような眼差しをもろともせず、今度はルースに身体を翻した監督は衝撃の発言を口にする。
｢日暮ちゃんならこちらにいますよ〜｣
｢はぁ!?そんな簡単に教えていいのかよ！？｣
虚を突くような発言に瞳孔を開いた灰崎は、監督の横に周ると人差し指を顔の前に突きつけたが｢まあまあ、いいじゃないですか｣と緊張感の欠けらも無い監督の言葉に、開いた口が塞がらなかった。
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年7月16日 12時
