それぞれの思い ページ29
❀
｢勝手なこと言ってんじゃねぇ！｣
｢ヒロト…｣
誰もが戸惑い、悲しむ中。そんなことは認めないとでも言うように、基山の隣に腰を下ろしていたヒロトが、突然弾かれるように立ち上がった。仲間からの視線が注がれようとも彼は気にせず歩き始める。
｢こいつはな、そんなヤワな奴じゃねえんだよ。俺が本気で背中叩いてもピンピンしてた女だぜ？頭打ったくらいで脱退なんかさせるかよ｣
仲間達を押し退けて、横たわるAの前で膝をついたヒロトは｢そうだろA！｣眠る彼女にそう訴えて同意を求めるように肩を掴んで体を揺する。
｢お前、連携技はどうするつもりだ。あれだけ人を付き合わせとくだけ付き合わせてやり逃げかよ！聞いてんのかA、何とか言えよ！｣
しかし体を何度も揺すっても、無気力な頭が左右に転がるだけで、固く閉ざされた瞼が開くことはない。するどい哀感が、ヒロトの胸に突き刺さる。
｢だ、ダメですよ！あんまり揺すっちゃ！｣
｢そうよ。頭を怪我してるのに……！｣
苦しそうに眉間を寄せるAの姿を見るや、すぐにやめさせようとつくしが慌ててヒロトの手を掴んだ。その間に杏奈が、Aを優しく抱き寄せる。
｢先輩が……離脱｣
その輪から外れるように後ろへ下がっていく光。小さな声でそう呟くと、受け入れ難い現実に直面した首は力なく垂れ、そのまま頭を俯かせた。
｢その方がいいかもな｣
どこからともなく聞こえたその声に、一同が顔を上げて辺りを見回す。すると全員の視線はベンチに腰を下ろしたまま足を組む灰崎に止まった。
｢灰崎お前…日暮が抜けてもいいって言うのか？｣
聞き捨てならないとばかりに、剛陣が大股で偉そうにふんぞり返っている灰崎へと突っかかる。灰崎はガンを飛ばす剛陣を鬱陶しく思いながらも、首に掛けたタオルで額の汗を拭うと口を開く。
｢元々こいつはオリオンから狙われてた身だ。脱退して日本に帰った方が、何も巻き込まれずに済むだろ。それがこいつにとって幸せなのかもしれねぇぞ｣
自分の意見を述べると、灰崎は背もたれにもたれ掛かる。そして片腕を乗せると、タオルと一緒に受け取ったボトルの蓋を開けて水分補給を行った。
｢…けど、けどよ。せっかくここまで来たんだぜ？｣
｢そうだよ！Aも私達の大切な仲間なのに…っ｣
Aの良き理解者でもあるのりかも、剛陣に続いてベンチに腰を下ろす灰崎の前に立つと、胸の前で両拳を握りながら悲痛な思いを訴えた。
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年7月16日 12時
