危機管 ページ46
❀
穏やかな午後が一変。
高層ビルの最上階のとある一室では、張り詰めた不穏な空気がフロイとベルナルドの間に流れていた。
先程から一切その笑顔を崩さず微笑んでいるフロイ。一方の兄であるベルナルドは口元こそ笑っているものの、冷笑の影が頬を掠めている。
双方の間に会話はなく、ただただ腹の探り合いをしているようにも見える。この世界は広い。仲睦まじく手を取り合う兄弟もいれば、その逆もいる。その喧騒に巻き込まれる彼女はいい迷惑だと言えよう。
「A」
「！」
固く結ばれていた口を先に開き、彼女の名を呼んだのは部屋の主であるベルナルドだった。話の矛先が自分に向けられると、Aの肩はびくりと跳ねる。
「どうでもいいけど、兄弟喧嘩に巻き込まれるだけはごめんなんですけど…」
オフィスチェアから立ち上がったかと思うと、一歩。また一歩とその距離を詰めてくるベルナルドに、Aも同じように後ずさる。
「何故逃げる？」
「逆になんで近づいてくるんですか」
「君に話があるからだ」
「な、ならその位置から話してください」
十分聞こえますから！と付け足して逃げるようにソファーの後ろ背から顔をひょっこりと出したAはそう言った。ベルナルドの声が普段より低く感じられるのは恐らく気の所為ではない。
「はははっ。兄さんはすっかり嫌われていますね」
「うるさいぞフロイ、言葉を慎め」
「でも僕の方がAと仲が良い自信ありますよ？」
少しでも兄に勝るものが欲しかったのだろう。不機嫌そうに片眉を痙攣させるベルナルドに気を良くしたフロイは、腰に手を当ててそう断言した、が。
「いや…私、あんたも普通に無理だから」
Aは片手を前に突き出して容赦なく冷たい言葉を放つ。少しショックを受けたようなフロイの顔が目に見えたが、今はそれどころではないと意識を再びベルナルドへ戻す。
「あれ…」
しかし、そこに彼の姿はなかった。不思議に思って首を左右に捻って辺りを見渡していると、突然その体を飲み込もうとせんばかりの巨大な影が覆った。
「全く、これだから日本人は」
「っ！」
「危機管理能力がなさすぎる」
いつの間にか背後に回られていた。気配など全く感じられず、突然の状況に思考が理解に追いつくはずもなくAは手首を掴まれて立たされてしまう。
「それには僕も同感です、兄さん」
やれやれと肩の位置に両手を上げて首を振るフロイに、Aは嫌な汗が滲み出てくるのを感じた。
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年6月14日 5時
