二度目の別れ ページ24
❀
涙が糸を引いて瞳から頬へ流れ落ちると唇はそっと離される。そして、痛いほど抱きしめられた。
｢やめて、ください｣
｢！｣
耳元で聞こえた涙に濡れた充の声にAは息を飲んだ。体温を感じなかった身体は少しだけ熱を持ち始め、泣いているのだということが伝わる。
｢誰が好き好んで嫌いな人とこんなことするバカがいるんですか……頼むから 俺の気持ちを否定するな｣
｢！…ごめ、ん…充…ッ｣
骨が軋むんじゃないかと言うほど、痛いくらい抱きしめられる。でもそれは、Aが放った言葉で傷ついた充の心に比べれば安いものに違いない。
｢俺は、Aが好きだ。だからこそ俺のせいで、Aと＿＿に辛い思いをしてほしくない｣
第三者の名前に、ノイズのようなものがかかってAの耳には聞こえなかった。そして彼女の身体は、充が足を掬って抱き上げたことにより宙に浮かぶ。
｢充？｣
｢先輩とこうして会えたこと、本当に嬉しく思います……でもやっぱり、会うべきじゃなかった｣
そう言って自嘲気味に笑った充の目から涙が零れ落ち、下にいたAの頬を濡らした。抱かれていた体は、彼によって湖の上に寝かされる。
｢な、何するの！？｣
｢帰るんです…先輩の世界に｣
え…と聞き返す間もなく、底が見えない暗い狭間から突然風が吹き出し、Aの体が意思に反してゆっくり水の中へと吸い込まれてしまう。
｢これから先、先輩に好きな人が出来たら、俺はそれを応援します。Aの幸せは俺の幸せでもあるから。…だから俺の分まで、幸せになってください｣
｢ま、待って充…ッ!!｣
もがくように腕を伸ばしても、Aの身体はその重力に従って沈んでいく。呼吸が苦しくなり、口から泡が吹き出して、視界が霞んでいくのが分かった。
｢あぁ……それと、さっきの願い事ですけど｣
視界がぐにゃりと歪んで充の顔がぼんやりと浮かぶ。しかし、確かにその声はAの耳に届いた。
｢Aと、これからもずっと一緒にいたい｣
｢…ッ！｣
｢それが、俺から先輩への最初で最後の願いでした｣
今にも泣き出してしまいそうな笑顔で告げられたその言葉に、一瞬息をするのを忘れてしまった。Aの両目は見開かれたまま悲しげに揺れている。
｢──大好きだ、A｣
意識が水底に沈む直前、冷たい手でやんわりと頬を撫でられる感触。彼のぶっきらぼうでやさしいその声が、いつまでもAの頭から離れなかった。
＿＿わたしも、大好き……
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年6月14日 5時
