第60話:異邦人 ページ14
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───二つの異なった世界が
少女の意識を無音のうちに奪い合う。
まるで大きな河口で、寄せる海水と流れ込む淡水がせめぎ合うように。そして、その"空間"へと少女を放り込んでいく。
｢ここ、どこ？｣
気がつけば、どこかの湖の畔に立っていた。
空には一面満天の星が煌めいていて美しい。それらが薄暗い湖面に反射し、境目が曖昧になっている様子は余りにも幻想的で思わず見蕩れてしまう。
｢綺麗…｣
星々の光に照らされた夜は、月が出ていないというのにほんのりと明るかった。───と、一瞬その湖の真ん中に何か異物が見えた。
｢人？｣
目を凝らしてみるとどうやら人影のようで、目が暗闇に慣れていくと同時に姿もはっきりしていく。青藍の髪が風に靡くその見知った出で立ち。
｢充…く、ん？｣
傍までゆっくり近づいて反射的に名前を呼ぶと、彼はおもむろにこちらを振り向いた。
逆光で表情は分からないが影が僅かに動き、太もも辺りまで水に浸かっているのが見えた瞬間、悪い考えが頭を過る。気づいた時 彼女は走り出していた。
｢充くん、ッ！！｣
ばしゃりと水が足元で泡立つ。ジャージの裾が濡れて冷たく重くなるのも構わずなんとか彼のもとに駆け寄って、行かせまいとその腕をしっかり掴む。
｢こ、こんな所で何してるの！？はやく戻ろう？服もこんなにびしょ濡れだし…風邪ひいちゃうわよ！｣
｢……｣
力任せに強く引張るけれどびくともしない。心做しか、一星充の身長が伸びているような気さえした。Aがもっと近くに寄れば、本来そこまで無いはずの身長差が尚更際立って不思議に思う。
｢(充くんってこんなに身長大きかったっけ……それに、すごく冷たい手)｣
触れた肌の温度が体温を持たない死人のようで、あまりにも冷たくて血の気が引いていくのを感じた。彼はどれくらい長くこの湖の中に居たのだろうか。
｢充くん、はやく…｣
｢痛いです、先輩｣
｢っ、ごめん！｣
突然の刺々しい声に驚いた拍子に手を離す。至近距離でようやく見えた彼の顔はゾッとするほど青白く無表情で、言ってしまえば生気がない。
｢あの、充くん…どうしてこんなところにいるの？｣
｢先輩こそどうしてここにいるんですか｣
｢分からないの、気づいたらここに…｣
｢ここはあんたが来ていいような場所じゃない｣
突き放されるような言い方にAは顔を顰める。だが靡く髪の隙間から見えた寂しげな横顔を見た途端、それ以上答えることができなかった。
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年6月14日 5時
