惚気話 ページ23
❀
ちょこんと灰崎の隣に腰を下ろしたA。先程よりもその距離が近いせいかお互いどこかよそよそしくなる。お風呂上がりと言うこともあり、少し動いただけでもシャンプーのいい香りが鼻腔を擽る。
「近けぇ」
肘掛に肘を乗せたまま、灰崎が一言そう言った。
「灰崎くんが座れって言ったんじゃない」
「誰が隣に来いって言った」
「じゃあ寝る」
「寝んな」
立ち上がろうとしたAの腕を咄嗟に掴んでそのまま引き下ろさせると不服そうな顔で三度座る。スプリングの音と共に二人の体がソファーに沈んだ。
「上手くいってんのか？」
「え……」
再び沈黙が続くと思われたが、矢継ぎ早に浴びせられた質問にAは足元に落としていた視線を上げて灰崎の顔をまじまじと見つめた。
「スペイン戦の後、一星に連れられてただろ」
「あ……うん」
「何を言われた」
開いていた口を閉じ、Aは言葉を噤んだ。
正直、一星との間に起きたことよりもその後のフロイとの大胆な行動の方がAの中では印象に残っていた。しかしここで今第三者の名を口にすれば話がややこしくなると思い、簡潔に答える他なかった。
「あんまり俺を妬かせないで、って言われた」
「はっ。嫉妬かよ。あいつ意外と独占欲が強いんだな、普段は野坂野坂なやつが」
「野坂野坂って何よ」
鼻で笑い飛ばし、首を振りながら言った灰崎。全く理屈になっていないその言葉にAは理解し難いという顔で眉間を寄せると、すかさずツッコんだ。
「それに、一星くんはいい子よ。確かに少し独占欲が強いところはあるから否めないけど……でも」
「へいへい。その言葉はもう聞き飽きたぜ。お前、アイツがオリオンにいた頃からずっと言ってたもんな」
水が油を弾くような無関心な様子で灰崎は虫を手で払うように振る。言葉を遮られたAは少し不服そうに片頬を膨らませたが、すぐにしおらしくなると前を向いて膝に両手を重ねるように乗せた。
「一星くんとは確かに色々あったけど、根は優しい子だって分かってたから。私が雨の中倒れた時も助けてくれて、ずっと体を温めてくれた」
「その言い方、色々と誤解招くからやめろ」
懐かしむように目を細めて昨日のことのように語るAの隣で、灰崎が苦笑とも極りわるがりともつかない複雑な表情をしていたことなど彼女は知る由もないだろう。
(私、普段から一星くんにずっと助けられてきたの)
(惚気話なら聞かねぇぞ)
(あんたが振ったんでしょ)
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年5月15日 0時
