気を揉む ページ46
❀
「なんか、漏らしたみたいになってんな」
「剛陣さん……」
「お、怒んなって日暮！冗談だからよ！」
布巾を握りしめたまま、ギロりと鋭い目で
後ろに立つ剛陣に振り返るAに
剛陣は両手を前に突き出す。
「光くん、大丈夫？」
「は、はい」
「あー……染み付いちゃってる」
尻もちをついたままの一星に目線を
合わせるように屈んで、太腿に零れ落ちた
具材を払い除けて、汁を布巾に染み込ませるA。
「火傷とかしてない？」
「あっ…あっ」
「光くん？」
「(ち、近い……ちか、い…！)」
頭を上げたAの顔が、思いの外間近にあり、光の視線は、ふっくらとした艶のある彼女の唇へと注がれていた。数日前に触れた温もりを思い出してしまい、ひゅっと息を呑むと、そのまま酸素を求めるよう金魚のように口をパクパクさせた。
「光くん、やっぱりどこか火傷して……」
「ち、違っ…」
「とにかく、手も少し熱いし冷やした方が」
「だ、大丈夫だから！」
霜焼けのように手の甲が少し赤くなっていた
光の手に触れた途端、過剰なまでに
肩を跳ねらせた彼は、慌てて手を引っ込めた。
「すすす、すみません！すぐに着替えてきます！」
「あ、ちょっと光くん！？」
尻もちをついたまま、ずさささーっと効果音がつきそうなほど、壁まで後退り、Aと距離を開けた光は、そのまま勢いよく立ち上がると、つんのめりそうになりながらも、逃げるように食堂を後にした。
「だ、大丈夫、かな…光くん。なんだか様子が変」
床にこぼした味噌汁を拭き終わったAが
一星が去った方向を心配げに見つめていた。
「アイツが変なのは元々だろ？」
「灰崎くん、見てたんだ」
「そんなに気になんならお前が何とかしてやれよ」
トレーを返しに行くついでだった灰崎が
Aを見下ろしながらそういうも
彼女自身も、わからずに困ってしまう。
「な、なんとかって言われても
そんなの私が知りたいのに…」
そう言いながら、布巾を畳みながら立ち上がるA。
「放っておいていいんじゃない？」
「野坂くん？」
そんな彼女に向かって
野坂が少しツンとした態度で言い放った。
「一星くんだって子どもじゃないんだから
何かあれば自分から言ってくるさ。
Aちゃんが気を揉んでも仕方ないよ」
今まで無言だった野坂が、箸で摘んだ
ニンジンを眺めて「そう、だね」と
憂わしげな表情を見せるAを
一瞥してから、暫くして口に放り込んだ。
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年1月26日 19時
