蟠り ページ42
❀
「さっきは、すみませんでした」
「………光くん」
Aは後ろを振り返り、光と向かい合うように前に立つと細い眉をきゅーっと寄せて間に皺をつくると不安そうな声で顔色を窺うように訊ねた。
「一緒に、いてくれる？傍にいてくれる？」
「はい………」
「どこにも、いかない？
充くん、みたいに……消えたり、しない？」
幼子のように、たどたどしい言い方で、訊ねるAの声は涙ぐんでいた。今の彼女が、いかに温かさに、飢えているかがわかる。
「消えたりしません。先輩を置いて
消えたりなんて、絶対にしません」
言いようのないAの痛苦の振り絞った声が滝津瀬をじっと眺め入ったように、層をなして、光の心中を圧し下り、二人の感情を共有させた。
「二度と先輩に、そんな寂しい思いも
辛い思いもさせません……約束します。
兄ちゃんの分まで、俺が先輩の傍にいます」
言葉をやわらかく受け止めてから
ぐっと押し戻すように答えた。
「傍にいさせてください、A先輩」
太眉を下げて、照れ臭そうにはにかんで見せた光に、Aは固く唇をきゅっと結ばせると、顔を俯かせて、何度も力強く頭を縦に振り「うん……うんっ」溢れ出す涙を手の甲で拭いながら、頷いた。
「何だかプロポーズみたいだね？」
「お前って本当に読めねぇな……」
涙を流すAの背中をあやすように
撫でる光を一瞥して、息を吐いた
野坂に、灰崎が皮肉を込めた口調で云う。
「今は、彼女の気持ちを尊重したいからね」
「今は？」
"今は"喉元に引っかかるような含みのある
野坂の眼は、獲物を狩る虎のようだった。
「お前……腹にナンモツ抱えてんだよ」
「知りたい？」
「興味ねぇ」
そう？なんて言って、灰崎を横目に笑う野坂。
長い付き合いの西蔭ですら、野坂の考えている
ことがわからない時があるというのだから
本当にこの男は感情を隠すのが上手すぎる。
「そこで、決意が固まった一星くんに
もう一つ話しておきたいことがあるんだ」
そうやって、また何の前置きもなくまるで
会話に入り込む機会を狙っていたかのように
Aと光の間に割って入ると、さりげなく
二人を引き離して、口を出している。
「まあ、正直。ここまで言っておきながらなんだけど、僕は君に"興味"があるんだ」
野坂は光に向かい合うように立つと
槍の穂先と穂先とが触れ合うほどに相対した。
突然告げられた『興味』という関心の意を
示す野坂の言葉に、光は小首を傾げる。
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年1月26日 19時
