皇帝の涙 ページ49
❀
「情がうつったんだ………一星くんの」
「あ？」
なんの前触れもなく、突然野坂が口を開いた。
ヒロトはAから視線を逸らして野坂を見る。
「自分の気持ちに気づいたんだよ、彼女」
「なんだそれ」
ヒロトは一欠伸しながら、その話に耳を傾けた。
「一星くんを好き、って気持ちに」
「 はあああ!? 」
眠気なんてそんなもの、吹っ飛んだ。
というくらいに、大勢の観客から沸きあがる
歓声に負けないくらい、ヒロトの声が響き渡った。
「お、お前！
一星は弟みたいとか言ってたじゃねぇか！」
びしっ！と、野坂に突きつけたヒロトの人差し指が振動を与えられたかのように大きく震えている。
「だいたいアイツは灰崎が………！」
どういうことか説明しろ！と、詰め寄ってきたヒロトに、面倒くさそうにため息をつく野坂。
「それはあくまで僕の見解にすぎなかった」
「はぁ？」
短く剃った眉を八の字にするヒロトに
野坂は、腕を組んだまま続ける。
「今の彼女は、灰崎くんへの気持ちも
他のことも何かも、忘れたままなんだよ。
忘れたまま、好きになったんだ」
そういう素振りみせてなかった？と野坂が
横目で一瞥して問えば、心当たりが
幾つかあるのだろう………ヒロトは
ポケットに手を突っ込んで、そっぽを向いた。
「色んな偶然と必然が重なって
結果的に彼女は、一星くんとの別れを
知って、知りたくもない痛みも知ってしまった」
知りたくもない痛み………それは言わずもがな、一星に対する"好き"という感情だ。
「あ？人格統合したところで
一星自信が消えるわけじゃねぇんだから
別れるも何も、アイツらは相思相愛のままだろうが」
認めたつもりねぇし、癪だけどよ、と
百歩以上譲って、の過程と前提だとヒロトが云う。
しかし、その問いに、野坂は首を静かに振った。
「違う、違うんだ。それは違う。
彼女が好きな一星くんは………この試合で」
珍しく、ぐっと言葉を詰まらせた野坂に
ヒロトは野坂に視線を走らせる。
そして、暫くすると湖水真珠が
嵌め込まれたようなその瞳を大きく揺らし
瞳孔を張り裂けんばかりに開かせた。
「お前…」
「……………………」
横髪で隠れていた野坂の顔が一瞬。
波立つような風に煽られた。
そして、太陽の日射しを受けて、真珠のように
輝いた美しい結晶が、野坂の瞼から筋を引いて
零れ落ちた瞬間を、靡く髪の隙間から
ヒロトは目の当たりにしてしまった＿＿＿＿。
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年1月19日 19時
